淮南子 / 齊俗訓
治世之體易守也,其事易為也,其禮易行也,其責易償也。是以人不兼官,官不兼事,士農工商,鄉別州異。是故農與農言力,士與士言行,工與工言巧,商與商言數。是以士無遺行,農無廢功,工無苦事,商無折貨,各安其性,不得相干。故伊尹之興土功也,修脛者使之跖钁,強脊者使之負土,眇者使之準,傴者使之塗,各有所宜,而人性齊矣。胡人便於馬,越人便於舟,異形殊類,易事而悖,失處而賤,得勢而貴。聖人總而用之,其數一也。
新字:治世之体易守也,其事易為也,其礼易行也,其責易償也。是以人不兼官,官不兼事,士農工商,郷別州異。是故農与農言力,士与士言行,工与工言巧,商与商言数。是以士無遺行,農無廃功,工無苦事,商無折貨,各安其性,不得相干。故伊尹之興土功也,修脛者使之跖钁,強脊者使之負土,眇者使之準,傴者使之塗,各有所宜,而人性斉矣。胡人便於馬,越人便於舟,異形殊類,易事而悖,失処而賤,得勢而貴。聖人総而用之,其数一也。
書き下し
治世の體は守り易く、其の事は為し易く、其の禮は行い易く、其の責は償い易し。是を以て人は官を兼ねず、官は事を兼ねず、士農工商、鄉 別かれ州 異なる。是の故に農は農と力を言い、士は士と行を言い、工は工と巧を言い、商は商と數を言う。是を以て士に遺行無く、農に廢功無く、工に苦事無く、商に折貨無し。各々其の性に安んじて、相い干すを得ず。故に伊尹の土功を興すや、脛を修うる者は之をして钁を跖ましめ、脊 強き者は之をして土を負わしめ、眇なる者は之をして準せしめ、傴なる者は之をして塗らしむ。各々宜しき所有りて、人性 齊し。胡人は馬に便に、越人は舟に便なり。形を異にし類を殊にす。事を易うれば悖り、處を失えば賤しく、勢を得れば貴し。聖人 總べて之を用う。其の數は一なり。
現代語訳
治まった世のかたちは守りやすく、その事は行いやすく、その礼は行いやすく、その責めは償いやすい。だから人は官を兼ねず、官は事を兼ねず、士農工商は村ごと州ごとに分かれている。だから農は農と力を語り、士は士と行いを語り、工は工と技を語り、商は商と数を語る。だから士に取りこぼした行いはなく、農に無駄になる功はなく、工に苦しい仕事はなく、商に損なう品物はない。それぞれ性に安んじて、互いに侵さない。だから伊尹が土木工事を起こしたときは、脚の長い者には踏み鋤を踏ませ、背の強い者には土を背負わせ、片目の利く者には水盛りを見させ、腰の曲がった者には塗りをさせた。それぞれ適したところがあって、人の性は揃った。胡の人は馬に長け、越の人は舟に長ける。形が違い類が異なる。仕事を取り替えれば噛み合わず、置き場所を失えば賤しくなり、勢いを得れば貴くなる。聖人はすべてを併せて用いる。その筋道は一つである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第18段人間社会の事は千緒万端にして、ただ政治のみをもって組織すべきものに非ず。人の働もまた、千緒万端に分別してこれに応ぜざるべからず。すなわち人事の分業分任なり。すでにこれを分てこれに任ずるときは、おのおの長ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえに、この事に長ずるものは、この事の長者としてこれを貴び、その業に長ずる者は、その業の長者としてこれに最上の栄誉をあたうるもまた、自然の理において許すべきものなり。たとえば大関が相撲最上の長者なれば、九段は碁将棋最上の長者にして、その長者たるや、一等官が政事の長者たるに異ならざるなり。 されば、生れながらにして学に志し、畢生の精神を自身の研究と他人の教導とに用いて、その一方に長ずる者は、学問社会の長者にして、これまた一等官が政事の長者たるに異ならざるや、もとより明白なり。而してその相撲の大関または碁将棋の九段なる者が、太政大臣と同一様の栄誉を得ざるは何ぞや。相撲と碁将棋とは、その事柄において、これを政事に比して軽重の別あるがゆえに、その軽重の差にしたがいて、双方の長と長と比肩するを得ざるものなりといえども、今一国文明の進歩を目的に定めて、政事と学事と相互に比較したらば、いずれを重しとし、いずれを軽しとするは、判断においてはなはだ難き事ならん。 学者をして学問の貴きを説かしめたらば、政事の如きは小児の戯にして論ずるに足らざるものなりといい、政事家もまた学問を蔑視して、実用に足らざる老朽の空論なりとすることならんといえども、これはいわゆる双方の偏頗論にして、公平にいえば、政事も学問もともに人事の至要にして、双方ともに一日も空しゅうすべからず。政事は実際の衝にあたって大切なり。学問は永遠の大計を期して大切なり。政事は目下の安寧を保護して学者の業を安からしめ、学問は人を教育して政事家をも陶冶し出だす。双方ともに毫も軽重あることなしとの裁判にて、双方に不平なかるべし。
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孟子・滕文公章句上神農の言を為す者許行有り。楚より滕に之き、門に踵りて文公に告げて曰く、「遠方の人、君の仁政を行ふを聞く。願はくは一廛を受けて氓と為らん。」文公之に処を与ふ。其の徒数十人、皆褐を衣、屨を捆ち、席を織りて以て食を為す。陳良の徒陳相と其の弟辛と、耒耜を負ひて宋より滕に之く。曰く、「君聖人の政を行ふと聞く。是れ亦た聖人なり。願はくは聖人の氓と為らん。」陳相許行を見て大いに悦び、尽く其の学を棄てて焉に学ぶ。陳相孟子に見え、許行の言を道ひて曰く、「滕君は則ち誠に賢君なり。然りと雖も、未だ道を聞かざるなり。賢者は民と并び耕して食ひ、饔飧して治む。今や滕に倉廩府庫有り、則ち是れ民を厲まして以て自ら養ふなり。悪くんぞ賢なるを得ん。」孟子曰く、「許子は必ず粟を種ゑて而る後に食ふか。」曰く、「然り。」「許子は必ず布を織りて而る後に衣るか。」曰く、「否。許子は褐を衣る。」「許子は冠するか。」曰く、「冠す。」曰く、「奚をか冠する。」曰く、「素を冠す。」曰く、「自ら之を織るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」曰く、「許子奚為れぞ自ら織らざる。」曰く、「耕すに害あればなり。」曰く、「許子は釜甑を以て爨ぎ、鉄を以て耕すか。」曰く、「然り。」「自ら之を為るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」「粟を以て械器に易ふる者は、陶冶を厲ますと為さず。陶冶も亦た其の械器を以て粟に易ふる者、豈に農夫を厲ますと為さんや。且つ許子何ぞ陶冶を為し、舎皆諸を其の宮中に取りて之を用ひざる。何為れぞ紛紛然として百工と交易する。何ぞ許子の煩はしきを憚らざる。」曰く、「百工の事は、固より耕し且つ為す可からざるなり。」「然らば則ち天下を治むるは独り耕し且つ為す可けんや。大人の事有り、小人の事有り。且つ一人の身にして、百工の為す所備はる。如し必ず自ら為りて而る後に之を用ひば、是れ天下を率ゐて路せしむるなり。故に曰く、或いは心を労し、或いは力を労す。心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。
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『墨子』耕柱治徒娛・縣子碩、子墨子に問いて曰く、「義を為すに孰れをか大務と為す」と。子墨子曰く、「譬えば牆を築くが若く然り。能く築く者は築き、能く壤を實つる者は壤を實て、能く掀ぐる者は掀げ、然る後に牆成る。義を為すも猶お是のごときなり。能く談辯する者は談辯し、能く書を説く者は書を説き、能く事に従う者は事に従い、然る後に義事成る」と。
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『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・権義あればしたがって職分ありもとより国の政をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あれば、その国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あれば、またしたがってその職分なかるべからず。
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論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。
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