淮南子 / 齊俗訓
今吾欲擇是而居之,擇非而去之,不知世之所謂是非者,不知孰是孰非。老子曰:「治大國若烹小鮮。」為寬裕者曰勿數撓,為刻削者曰致其鹹酸而已矣。晉平公出言而不當,師曠舉琴而撞之,跌衽宮壁。左右欲塗之,平公曰:「舍之!以此為寡人失。」孔子聞之曰:「平公非不痛其體也,欲來諫者也。」韓子聞之曰:「群臣失禮而弗誅,是縱過也。有以也夫,平公之不霸也!」故賓有見人於宓子者,賓出,宓子曰:「子之賓獨有三過:望我而笑,是攓也。
新字:今吾欲択是而居之,択非而去之,不知世之所謂是非者,不知孰是孰非。老子曰:「治大国若烹小鮮。」為寛裕者曰勿数撓,為刻削者曰致其鹹酸而已矣。晋平公出言而不当,師曠舉琴而撞之,跌衽宮壁。左右欲塗之,平公曰:「舎之!以此為寡人失。」孔子聞之曰:「平公非不痛其体也,欲来諫者也。」韓子聞之曰:「群臣失礼而弗誅,是縦過也。有以也夫,平公之不覇也!」故賓有見人於宓子者,賓出,宓子曰:「子之賓独有三過:望我而笑,是攓也。
書き下し
今 吾 是を擇びて之に居り、非を擇びて之を去らんと欲するも、世の所謂 是非なる者を知らず、孰れか是にして孰れか非なるかを知らず。老子曰く、「大國を治むるは小鮮を烹るが若し」と。寬裕を為す者は數ば撓すこと勿かれと曰い、刻削を為す者は其の鹹酸を致すのみと曰う。晉の平公 言を出だして當たらず、師曠 琴を舉げて之を撞ち、衽を跌して宮壁す。左右 之を塗らんと欲す。平公曰く、「之を舍け。此を以て寡人の失と為さん」と。孔子 之を聞きて曰く、「平公 其の體を痛まざるに非ざるなり、諫むる者を來たさんと欲すればなり」と。韓子 之を聞きて曰く、「群臣 禮を失して誅せざるは、是れ過ちを縱にするなり。以て有るかな、平公の霸たらざるや」と。故に賓に人を宓子に見る者有り。賓 出でて、宓子曰く、「子の賓 獨り三過有り。我を望みて笑うは、是れ攓なり」と。
現代語訳
いま私は是を選んでそこにいて、非を選んで捨てようとしても、世でいう是非というものが分からず、どれが是でどれが非かも分からない。老子は言った、「大国を治めるのは小魚を煮るようなものだ」。ゆとりを重んじる者は、しきりにかき回すなという意味だと言い、厳しさを重んじる者は、塩と酸の加減を尽くすだけだという意味だと言う。晋の平公が言葉を出して当を得なかったとき、師曠は琴を持ち上げて投げつけ、平公は襟を乱して宮の壁にぶつかった。側近が壁を塗り直そうとした。平公は言った、「そのままにしておけ。これを私の過ちの印としよう」。孔子はこれを聞いて言った、「平公は体が痛くなかったのではない。諫める者を招きたかったのだ」。韓非はこれを聞いて言った、「群臣が礼を失っても誅さないのは、過ちを放任することだ。もっともなことだ、平公が覇者になれなかったのは」。だから、ある客が人を宓子に紹介した。客が出て行くと、宓子は言った、「あなたの連れてきた客には三つの過ちがある。私を見て笑ったのは、無礼である」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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言志四録・言志晩録 第七十二条 和悦にして諍む聖人の心は、辞気容貌に見はる。其の地と人とに於て各々異なり。未だ知らず、孔子委吏・乗田たりし時、長官に於て果して何如なりしかを。郷党載せず。学者宜しく推勘すべし。或ひと曰く「和悦にして諍む」と。
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『墨子』非儒下民を存す。是に於いて其の禮を厚くし、其の封を留め、敬して見るも其の道を問わず。孔丘、乃ち景公と晏子とに志怒し、乃ち鴟夷子を樹てて田常の門に及ぼし、南郭子に欲する所を為すを告げ、魯に歸る。頃有りて、齊の将に魯を伐たんとするを間き、子貢に告げて曰く、「賜や、大事を今の時に舉げん」と。乃ち子貢を齊に遣わし、南郭惠子に因りて以て田常に見え、之に吳を伐つを勸め、以て髙・國・鮑・晏を教え、田常の亂を害するを得ざらしめ、越に吳を伐つを勸む。三年の内、齊・吳、國を破るの難あり、伏尸は術數を以て言う。孔丘の誅なり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・利あらざるものは必ず害あり以上論ずるところを概すれば、今の世の学者、この国の独立を助けなさんとするに当たりて、政府の範囲に入り官にありて事をなすと、その範囲を脱して私立するとの利害得失を述べ、本論は私立に左袒したるものなり。すべて世の事物をくわしく論ずれば、利あらざるものは必ず害あり、得あらざるものは必ず失あり、利害得失相半ばするものはあるべからず。わが輩もとよりためにするところありて私立を主張するにあらず、ただ平生の所見を証してこれを論じたるのみ。世人もし確証を掲げてこの論説を排し、明らかに私立の不利を述ぶる者あらば、余輩は悦んでこれに従い、天下の害をなすことなかるべし。
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『呻吟語』内篇・應務・卑は恭を學ばず、貧は儉を學ばず謙忍は皆な尊に居るの道なり。儉樸は皆な富に居るの道なり。故に曰く、卑は恭を學ばず、貧は儉を學ばずと。
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『呻吟語』内篇・應務・慎果の二字、明哲の二字士君子大事に當たる時、人に先んじて任ずるは、當に慎果の二字を知るべし。人に從ひて行ふは、當に明哲の二字を知るべし。明哲は難を避くるに非ず。事に裨無くして只だ自ら沒するのみなればなり。
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孟子・離婁章句下曾子、武城に居る。越の寇有り。或ひと曰く、「寇至る、盍ぞ諸を去らざるや。」曰く、「人を我が室に寓し、其の薪木を毀傷すること無かれ。」寇退けば、則ち曰く、「我が牆屋を修めよ。我將に反らんとす。」寇退き、曾子反る。左右曰く、「先生を待つこと、此の如く其れ忠にして且つ敬なり。寇至れば、則ち先づ去りて以て民の望みを為し、寇退けば則ち反る。不可なるに殆(ちかい)し。」沈猶行曰く、「是れ汝の知る所に非ざるなり。昔、沈猶、負芻の禍い有り。先生に従う者七十人、未だ與ること有らず。」子思、衛に居る。齊の寇有り。或ひと曰く、「寇至る。盍そ諸を去らざるや。」子思曰く、「如し伋去らば、君誰と與にか守らん。」孟子曰く、「曾子・子思は道を同じくす。曾子は師なり、父兄也なり。子思は臣なり、微なり。曾子・子思、地を易うれば則ち皆然り。」

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