淮南子 / 齊俗訓
所謂禮義者,五帝三王之法籍風俗,一世之跡也。譬若芻狗土龍之始成,文以青黃,絹以綺繡,纏以朱絲,尸祝袀袨,大夫端冕以送迎之。及其已用之後,則壤土草薊而已,夫有孰貴之!故當舜之時,有苗不服,於是舜修政偃兵,執干戚而舞之。禹之時,天下大雨,禹令民聚土積薪,擇丘陵而處之。武王伐紂,載尸而行,海內未定,故不為三年之喪始。禹遭洪水之患,陂塘之事,故朝死而暮葬。此皆聖人之所以應時耦變,見形而施宜者也。
新字:所謂礼義者,五帝三王之法籍風俗,一世之跡也。譬若芻狗土竜之始成,文以青黄,絹以綺繡,纏以朱糸,尸祝袀袨,大夫端冕以送迎之。及其已用之後,則壤土草薊而已,夫有孰貴之!故当舜之時,有苗不服,於是舜修政偃兵,執干戚而舞之。禹之時,天下大雨,禹令民聚土積薪,択丘陵而処之。武王伐紂,載尸而行,海内未定,故不為三年之喪始。禹遭洪水之患,陂塘之事,故朝死而暮葬。此皆聖人之所以応時耦変,見形而施宜者也。
書き下し
所謂 禮義なる者は、五帝三王の法籍風俗、一世の跡なり。譬えば芻狗土龍の始めて成るや、文するに青黃を以てし、絹するに綺繡を以てし、纏うに朱絲を以てし、尸祝は袀袨し、大夫は端冕して以て之を送迎す。其の已に之を用いし後に及びては、則ち壤土草薊のみ。夫れ孰か之を貴ばんや。故に舜の時に當たりて、有苗 服せず。是に於いて舜 政を修め兵を偃せ、干戚を執りて之を舞う。禹の時、天下 大いに雨ふる。禹 民をして土を聚め薪を積ましめ、丘陵を擇びて之に處らしむ。武王 紂を伐つに、尸を載せて行く。海內 未だ定まらず、故に三年の喪を始めと為さず。禹 洪水の患、陂塘の事に遭う。故に朝に死して暮に葬る。此れ皆な聖人の時に應じ變に耦い、形を見て宜しきを施す所以の者なり。
現代語訳
いわゆる礼義とは、五帝三王の法や記録や習わしであって、ある一つの時代の跡である。たとえば藁の犬や土の龍ができあがったばかりのときは、青と黄で彩り、綾織りの絹で包み、朱の糸を纏わせ、祭りの役は礼装し、大夫は正装の冠で送り迎えする。だが使い終わったあとは、土くれと雑草にすぎない。誰がそれを貴ぶだろうか。舜の時代に有苗が従わなかった。そこで舜は政を整え兵をやめ、盾と斧を執って舞った。禹の時代、天下に大雨が降った。禹は民に土を集め薪を積ませ、丘を選んでそこに住まわせた。武王は紂を討つとき、父の位牌を車に載せて進んだ。国内がまだ定まっていなかったので、三年の喪から始めなかったのである。禹は洪水の患いと堤の工事に遭った。だから朝に死んで夕に葬った。これはみな、聖人が時に応じて変化に合わせ、かたちを見てふさわしさを施したのである。
解説
この章句が説くこと
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