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淮南子 / 齊俗訓

故聖人裁制物也,猶工匠之斲削鑿枘也,宰庖之切割分別也,曲得其宜而不折傷。拙工則不然,大則塞而不入,小則窕而不周,動於心,枝於手,而愈醜。夫聖人之斲削物也,剖之判之,離之散之;已淫已失,復揆以一;既出其根,復歸其門;已雕已琢,還反於樸。合而為道德,離而為儀表。其轉入玄冥,其散應無形。禮義節行,又何以窮至治之本哉!世之明事者,多離道德之本,曰禮義足以治天下,此未可與言術也。

新字:故聖人裁制物也,猶工匠之斲削鑿枘也,宰庖之切割分別也,曲得其宜而不折傷。拙工則不然,大則塞而不入,小則窕而不周,動於心,枝於手,而愈醜。夫聖人之斲削物也,剖之判之,離之散之;已淫已失,復揆以一;既出其根,復帰其門;已雕已琢,還反於樸。合而為道徳,離而為儀表。其転入玄冥,其散応無形。礼義節行,又何以窮至治之本哉!世之明事者,多離道徳之本,曰礼義足以治天下,此未可与言術也。

書き下し

故に聖人の物を裁制するや、猶お工匠の斲削鑿枘するがごとく、宰庖の切割分別するがごとし。曲に其の宜しきを得て折り傷らず。拙工は則ち然らず。大なれば則ち塞がりて入らず、小なれば則ち窕にして周からず。心に動きて、手に枝れて、愈々醜し。夫れ聖人の物を斲削するや、之を剖き之を判ち、之を離し之を散ず。已に淫し已に失すれば、復た揆るに一を以てす。既に其の根を出づれば、復た其の門に歸る。已に雕り已に琢けば、還りて樸に反る。合して道德と為り、離れて儀表と為る。其の轉じては玄冥に入り、其の散じては無形に應ず。禮義節行、又た何を以て至治の本を窮めんや。世の事に明らかなる者は、多く道德の本を離れて、禮義 以て天下を治むるに足ると曰う。此れ未だ與に術を言う可からざるなり。

現代語訳

だから聖人が物を裁ち整えるのは、職人が削り穴を彫り枘を合わせるようであり、料理人が切り分けるようである。細かいところまでふさわしさを得て、折ったり傷めたりしない。下手な職人はそうではない。大きすぎて塞がって入らず、小さすぎて隙間ができて行き渡らない。心が乱れ、手が分かれて、ますます見苦しくなる。聖人が物を削るときは、割り、分け、離し、散らす。行き過ぎて外れれば、また一によって測り直す。根から出れば、また門へ帰る。彫り琢いたあとは、素朴に立ち返る。合わせれば道と徳になり、離せば手本のかたちになる。転じては奥深いところへ入り、散じてはかたちのないものに応じる。礼義や節度ある行いだけで、どうして至極の治めの本を窮められようか。世の事に詳しい者は、多く道徳の本を離れて、礼義で天下を治めるに足りると言う。そういう相手とは、まだ術を語り合えない。

解説

下手な職人の描写が的確です。「大なれば則ち塞がりて入らず、小なれば則ち窕にして周からず」。大きすぎれば入らず、小さすぎれば隙間が残る。しかも「心に動きて、手に枝れて、愈々醜し」。焦って手が分かれるほど、仕上がりは崩れていく。対する聖人は、割り、分け、行き過ぎたら一に戻し、彫り琢いた後には素朴へ返る。仕上げていく方向と、戻す方向を両方持っているのが違いです。

この章句が説くこと

聖人の物を裁制するや猶お工匠の斲削鑿枘するがごとし拙工は大なれば則ち塞がりて入らず小なれば則ち窕にして周からず心に動きて手に枝れて愈々醜し已に淫し已に失すれば復た揆るに一を以てす已に雕り已に琢けば還りて樸に反る加減

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