塩鉄論 / 散不足篇
「古者、土鼓塊枹、擊木拊石、以盡其歡。及其後、卿大夫有管磬、士有琴瑟。往者、民間酒會、各以黨俗、彈箏鼓缶而已。無要妙之音、變羽之轉。今富者鐘鼓五樂、歌兒數曹。中者鳴竽調瑟、鄭舞趙謳。
新字:「古者、土鼓塊枹、擊木拊石、以尽其歓。及其後、卿大夫有管磬、士有琴瑟。往者、民間酒会、各以党俗、弾箏鼓缶而已。無要妙之音、変羽之転。今富者鐘鼓五楽、歌児数曹。中者鳴竽調瑟、鄭舞趙謳。
書き下し
古者、土鼓塊枹、木を擊ち石を拊ち、以て其の歡を盡くす。其の後に及び、卿大夫に管磬有り、士に琴瑟有り。往者、民間の酒會は、各々黨俗を以てし、箏を彈じ缶を鼓するのみ。要妙の音、變羽の轉無し。今富者は鐘鼓五樂、歌兒數曹なり。中なる者は竽を鳴らし瑟を調え、鄭舞趙謳あり。
現代語訳
昔は、土の太鼓を土くれの撥で打ち、木を叩き石を鳴らして、それで歓びを尽くした。後の世になると、卿や大夫には笛と磬があり、士には琴と瑟があった。以前は、民間の酒宴は土地ごとの習わしに従って、箏を弾き素焼きの甕を叩くだけだった。凝った旋律も、複雑な転調もなかった。いまは富める者が鐘と太鼓に五種の楽器をそろえ、歌い手を何組も抱えている。中くらいの者でも笙を鳴らし瑟を調え、鄭の舞や趙の歌を楽しんでいる。
解説
音楽です。土の太鼓と土くれの撥で歓びを尽くした、という書き出しが印象的です。**楽しむために必要な道具の量は、実はほとんど要らなかった**。それが五種の楽器と何組もの歌い手になる。ここでも増えたのは道具であって、楽しさが何倍にもなったとは書かれていません。娯楽にかける費用が上がっても、得られる歓びは比例しない——散不足篇が一貫して示しているのは、この非比例です。
この章句が説くこと
土鼓塊枹木を擊ち石を拊つ鐘鼓五楽歌児数曹要妙の音変羽の転無し音楽素朴逸脱
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