淮南子 / 齊俗訓
三月之服,是絕哀而迫切之性也。夫儒、墨不原人情之終始,而務以行相反之制,五縗之服。悲哀抱於情,葬薶稱於養,不強人之所不能為,不絕人之所能已,度量不失於適,誹譽無所由生。
新字:三月之服,是絶哀而迫切之性也。夫儒、墨不原人情之終始,而務以行相反之制,五縗之服。悲哀抱於情,葬薶称於養,不強人之所不能為,不絶人之所能已,度量不失於適,誹誉無所由生。
書き下し
三月の服は、是れ哀を絕ちて性を迫切するなり。夫れ儒・墨は人情の終始に原づかずして、務めて相い反するの制、五縗の服を行う。悲哀は情に抱かれ、葬薶は養に稱う。人の能く為さざる所を強いず、人の能く已む所を絕たず、度量 適を失わずんば、誹譽 由りて生ずる所無し。
現代語訳
三か月の喪服は、哀しみを断ち切って性を押し縮めるものである。儒家も墨家も人の情の始めと終わりに立ち返らずに、互いに正反対の制度、五等の喪服を行おうとする。悲しみは情に抱かれるものであり、葬りは養いに釣り合う。人にできないことを強いず、人がやめられることを断ち切らず、度合いが適当を外さなければ、そしりも誉れも生じようがない。
解説
長すぎる喪を批判した前段に続けて、短すぎるほうも批判します。三年は届かないことを強い、三か月は哀しみを断ち切る。どちらも情の始めと終わりを見ていない、と。基準の言い方が良いところです。「人の能く為さざる所を強いず、人の能く已む所を絕たず」。できないことを強いず、やめられることを無理に断たない。この範囲に収まっていれば、褒めもそしりも起こらない、と。
この章句が説くこと
三月の服は是れ哀を絶ちて性を迫切するなり儒・墨は人情の終始に原づかず悲哀は情に抱かれ葬薶は養に称う人の能く為さざる所を強いず人の能く已む所を絶たず度量適を失わずんば誹誉由りて生ずる所無し喪
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