師導古典を学びたいすべての人に

淮南子 / 齊俗訓

帝顓頊之法,婦人不辟男子於路者,拂之於四達之衢,今之國都,男女切踦,肩摩於道,其於俗,一也。故四夷之禮不同,皆尊其主而愛其親,敬其兄;獫狁之俗相反,皆慈其子而嚴其上。夫鳥飛成行,獸處成群,有孰教之!故魯國服儒者之禮,行孔子之術,地削名卑,不能親近來遠。越王句踐劗髮文身,無皮弁搢笏之服,拘罷拒折之容,然而勝夫差於五湖,南面而霸天下,泗上十二諸侯皆率九夷以朝。胡、貉、匈奴之國,縱體拖髮,箕倨反言,而國不亡者,未必無禮也。楚莊王裾衣博袍,令行乎天下,遂霸諸侯。晉文君大布之衣,牂羊之裘,韋以帶劍,威立於海內。豈必鄒、魯之禮之謂禮乎!

新字:帝顓頊之法,婦人不辟男子於路者,払之於四達之衢,今之国都,男女切踦,肩摩於道,其於俗,一也。故四夷之礼不同,皆尊其主而愛其親,敬其兄;獫狁之俗相反,皆慈其子而厳其上。夫鳥飛成行,獣処成群,有孰教之!故魯国服儒者之礼,行孔子之術,地削名卑,不能親近来遠。越王句践劗髪文身,無皮弁搢笏之服,拘罷拒折之容,然而勝夫差於五湖,南面而覇天下,泗上十二諸侯皆率九夷以朝。胡、貉、匈奴之国,縦体拖髪,箕倨反言,而国不亡者,未必無礼也。楚荘王裾衣博袍,令行乎天下,遂覇諸侯。晉文君大布之衣,牂羊之裘,韋以帯剣,威立於海内。豈必鄒、魯之礼之謂礼乎!

書き下し

帝顓頊の法、婦人 男子を路に辟けざる者は、之を四達の衢に拂う。今の國都、男女 切踦し、肩 道に摩る。其の俗に於けるは、一なり。故に四夷の禮は同じからざるも、皆な其の主を尊びて其の親を愛し、其の兄を敬す。獫狁の俗は相い反するも、皆な其の子を慈しみて其の上を嚴とす。夫れ鳥の飛びて行を成し、獸の處りて群を成すは、孰か之を教えん。故に魯國は儒者の禮に服し、孔子の術を行うも、地 削られ名 卑しくして、近きを親しみ遠きを來たす能わず。越王句踐は劗髮文身し、皮弁搢笏の服、拘罷拒折の容無し。然れども夫差に五湖に勝ち、南面して天下に霸たり、泗上の十二諸侯 皆な九夷を率いて以て朝す。胡・貉・匈奴の國は、體を縱にし髮を拖き、箕倨反言するも、而も國 亡びざる者は、未だ必ずしも禮無きに非ざるなり。楚莊王は裾衣博袍にして、令 天下に行われ、遂に諸侯に霸たり。晉文君は大布の衣、牂羊の裘、韋以て劍を帶び、威 海內に立つ。豈に必ずしも鄒・魯の禮のみ之を禮と謂わんや。

現代語訳

顓頊帝の法では、女が路上で男を避けなければ、四つ辻で祓わせた。いまの都では、男女が体を寄せ、肩が道で触れ合う。習わしという点では同じである。四方の異民族の礼は同じでないが、みなその主を尊び、親を愛し、兄を敬う。獫狁の習わしは正反対だが、みな子を慈しみ、目上を厳かに扱う。鳥が飛んで列を成し、獣が住んで群れを成すのを、誰が教えたのか。魯の国は儒者の礼に従い孔子の術を行ったのに、土地は削られ名は下がり、近い者を親しませ遠い者を招くことができなかった。越王句践は髪を切り体に入れ墨をして、皮の冠や笏を挿す装いも、身をかがめる作法もなかった。それでも夫差に五湖で勝ち、南面して天下に覇を唱え、泗水のほとりの十二諸侯はみな九夷を率いて朝した。胡・貉・匈奴の国は、体を伸ばし髪を垂らし、足を投げ出して逆さに物を言うが、それでも国が亡びないのは、必ずしも礼がないわけではないからである。楚の荘王は裾の長い衣と大きな袍で、令は天下に行われ、ついに諸侯の覇者となった。晋の文公は粗い布の衣、羊の皮衣で、なめし革で剣を帯び、威は国じゅうに立った。どうして鄒や魯の礼だけを礼と言えようか。

解説

儒家の本場である魯が、その礼を守りながら国を削られた。一方、断髪に入れ墨の越王句践が覇を唱えた。並べ方が挑発的です。それでも結論は「礼など要らない」ではありません。異民族の作法は正反対でも「皆な其の子を慈しみて其の上を嚴とす」。守っているものは同じで、形だけが違う、と。「豈に必ずしも鄒・魯の禮のみ之を禮と謂わんや」。作法の一系統を礼の全部だと思うな、という一句です。

この章句が説くこと

四夷の礼は同じからざるも皆な其の主を尊びて其の親を愛す鳥の飛びて行を成し獣の処りて群を成すは孰か之を教えん魯国は儒者の礼に服し孔子の術を行うも地削られ名卑し越王句践は劗髪文身するも夫差に五湖に勝ち南面して天下に覇たり豈に必ずしも鄒・魯の礼のみ之を礼と謂わんや

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる