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淮南子 / 齊俗訓

故公西華之養親也,若與朋友處,曾參之養親也,若事嚴主烈君,其于養,一也。故胡人彈骨,越人契臂,中國歃血也,所由各異,其於信,一也。三苗髽首,羌人括領,中國冠笄,越人劗鬋,其於服,一也。

新字:故公西華之養親也,若与朋友処,曽参之養親也,若事厳主烈君,其于養,一也。故胡人弾骨,越人契臂,中国歃血也,所由各異,其於信,一也。三苗髽首,羌人括領,中国冠笄,越人劗鬋,其於服,一也。

書き下し

故に公西華の親を養うや、朋友と處るが若し。曾參の親を養うや、嚴主烈君に事うるが若し。其の養に於けるは、一なり。故に胡人は骨を彈き、越人は臂を契り、中國は血を歃る。由る所 各々異なるも、其の信に於けるは、一なり。三苗は髽首し、羌人は括領し、中國は冠笄し、越人は劗鬋す。其の服に於けるは、一なり。

現代語訳

公西華が親を養うさまは、友と一緒にいるようであった。曾参が親を養うさまは、厳しい主君に仕えるようであった。だが養うという点では同じである。だから胡の人は骨を鳴らし、越の人は腕を傷つけ、中原の人は血をすする。拠りどころはそれぞれ違うが、信を交わすという点では同じである。三苗は髪を結い、羌の人は襟をまとめ、中原の人は冠に笄を挿し、越の人は髪を切りそろえる。装うという点では同じである。

解説

同じことをするのに、やり方はまるで違ってよい。友のように親と過ごした公西華と、厳しい主君に仕えるように親に接した曾参。どちらが正しいかを裁かず、「其の養に於けるは、一なり」で並べます。誓いの立て方も、髪や襟の整え方も、土地ごとに違ってすべて同じ機能を果たしている。作法の一つを絶対の型にしないための、短い例の連なりです。

この章句が説くこと

公西華の親を養うや朋友と処るが若し曽参の親を養うや厳主烈君に事うるが若し其の養に於けるは一なり胡人は骨を弾き越人は臂を契り中国は血を歃る其の信に於けるは一なり三苗は髽首し中国は冠笄す其の服に於けるは一なり作法

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