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淮南子 / 齊俗訓

今之修干戚而笑钁插,知三年非一日,是從牛非馬,以徵笑羽也。以此應化,無以異於彈一絃而會棘下。夫以一世之變,欲以耦化應時,譬猶冬被葛而夏被裘。夫一儀不可以百發,一衣不可以出歲。儀必應乎高下,衣必適乎寒暑。是故世異則事變,時移則俗易。故聖人論世而立法,隨時而舉事。尚古之王,封於泰山,禪於梁父,七十餘聖,法度不同,非務相反也,時世異也。

新字:今之修干戚而笑钁挿,知三年非一日,是従牛非馬,以徴笑羽也。以此応化,無以異於弾一絃而会棘下。夫以一世之変,欲以耦化応時,譬猶冬被葛而夏被裘。夫一儀不可以百発,一衣不可以出歳。儀必応乎高下,衣必適乎寒暑。是故世異則事変,時移則俗易。故聖人論世而立法,随時而舉事。尚古之王,封於泰山,禅於梁父,七十余聖,法度不同,非務相反也,時世異也。

書き下し

今 干戚を修めて钁插を笑い、三年の一日に非ざるを知るは、是れ牛に從いて馬を非とし、徵を以て羽を笑うなり。此を以て化に應ずるは、一絃を彈きて棘下を會するに異なる無し。夫れ一世の變を以て、以て化に耦い時に應ぜんと欲するは、譬えば猶お冬に葛を被て夏に裘を被るがごとし。夫れ一儀は以て百發す可からず、一衣は以て歲を出づ可からず。儀は必ず高下に應じ、衣は必ず寒暑に適う。是の故に世 異なれば則ち事 變じ、時 移れば則ち俗 易わる。故に聖人は世を論じて法を立て、時に隨いて事を舉ぐ。尚古の王、泰山に封じ、梁父に禪ずる者、七十餘聖、法度 同じからず。務めて相い反するに非ざるなり、時世 異なればなり。

現代語訳

いま盾と斧の舞を整えて鍬や鋤を笑い、三年の喪が一日の喪と違うと知っているだけなのは、牛の側に立って馬を非とし、徴の音で羽の音を笑うようなものだ。それで変化に応じるのは、一本の弦を弾いて大合奏をまかなおうとするのと変わらない。ある一つの時代のやり方で、変化に合わせ時に応じようとするのは、たとえば冬に葛の衣を着て夏に毛皮を着るようなものだ。一つの型で百通りを射ることはできず、一枚の衣で一年を過ごすことはできない。型は必ず高低に応じ、衣は必ず寒暑に合わせる。だから世が異なれば事も変わり、時が移れば習わしも変わる。だから聖人は世を論じて法を立て、時に従って事を起こす。いにしえの王で泰山に封じ梁父に禅を行った者は七十余りの聖人がいたが、その法度は同じでない。わざと逆にしたのではなく、時代が違ったのである。

解説

「一儀は以て百發す可からず、一衣は以て歲を出づ可からず」。一つの型で百通りは射られず、一枚の衣で一年は過ごせない。当たり前ですが、制度の話になると忘れられます。冬に葛、夏に毛皮という喩えも同じ向き。だから「聖人は世を論じて法を立て、時に隨いて事を舉ぐ」。七十余りの聖王の法度が食い違っていたのは、対立したのではなく時代が違ったからだ、と。

この章句が説くこと

干戚を修めて钁挿を笑うは是れ牛に従いて馬を非とするなり一世の変を以て化に耦い時に応ぜんと欲するは冬に葛を被て夏に裘を被るがごとし一儀は以て百発す可からず一衣は以て歳を出づ可からず世異なれば則ち事変じ時移れば則ち俗易わる聖人は世を論じて法を立て時に随いて事を舉ぐ時宜

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