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淮南子 / 齊俗訓

故日月欲明,浮雲蓋之;河水欲清,沙石濊之;人性欲平,嗜欲害之。惟聖人能遺物而反己。夫乘舟而惑者,不知東西,見斗極則寤矣。夫性,亦人之斗極也。有以自見也,則不失物之情;無以自見,則動而惑營。譬若隴西之游,愈躁愈沉。孔子謂顏回曰:「吾服汝也忘,而汝服於我也亦忘。雖然,汝雖忘乎,吾猶有不忘者存。」孔子知其本也。夫縱欲而失性,動未嘗正也,以治身則危,以治國則亂,以入軍則破。是故不聞道者,無以反性。

新字:故日月欲明,浮雲蓋之;河水欲清,沙石濊之;人性欲平,嗜欲害之。惟聖人能遺物而反己。夫乗舟而惑者,不知東西,見斗極則寤矣。夫性,亦人之斗極也。有以自見也,則不失物之情;無以自見,則動而惑営。譬若隴西之游,愈躁愈沈。孔子謂顏回曰:「吾服汝也忘,而汝服於我也亦忘。雖然,汝雖忘乎,吾猶有不忘者存。」孔子知其本也。夫縦欲而失性,動未嘗正也,以治身則危,以治国則乱,以入軍則破。是故不聞道者,無以反性。

書き下し

故に日月 明らかならんと欲するも、浮雲 之を蓋う。河水 清からんと欲するも、沙石 之を濊す。人性 平らかならんと欲するも、嗜欲 之を害す。惟だ聖人のみ能く物を遺れて己に反る。夫れ舟に乘りて惑う者は、東西を知らざるも、斗極を見れば則ち寤む。夫れ性は、亦た人の斗極なり。以て自ら見る有れば、則ち物の情を失わず。以て自ら見る無ければ、則ち動きて惑い營む。譬えば隴西の游の若く、愈々躁げば愈々沉む。孔子 顏回に謂いて曰く、「吾 汝に服するや忘れ、而して汝 我に服するや亦た忘る。然りと雖も、汝 忘るると雖も、吾 猶お忘れざる者有りて存す」と。孔子 其の本を知ればなり。夫れ欲を縱にして性を失えば、動きて未だ嘗て正しからず。以て身を治むれば則ち危うく、以て國を治むれば則ち亂れ、以て軍に入れば則ち破る。是の故に道を聞かざる者は、以て性に反る無し。

現代語訳

日と月は明るくあろうとするが、浮雲がそれを覆う。河の水は清くあろうとするが、砂と石がそれを濁す。人の性は平らかであろうとするが、欲がそれを損なう。ただ聖人だけが、物を忘れて自分に返れる。舟に乗って迷った者は、東西が分からなくても、北斗を見れば目が覚める。性もまた人にとっての北斗である。それによって自分を見ることができれば、物の実情を取り逃がさない。それによって自分を見られなければ、動くほどに惑い迷う。たとえば隴西の淵で泳ぐようなもので、もがくほど沈む。孔子は顔回に言った、「私がおまえに従っていることも忘れ、おまえが私に従っていることも忘れる。それでも、おまえが忘れても、私にはまだ忘れないものが残っている」。孔子はその本を知っていたのである。欲を放って性を失えば、動いても正しくならない。それで身を治めれば危うく、国を治めれば乱れ、軍に入れば敗れる。だから道を聞いていない者には、性に返る手立てがない。

解説

日月も河水も人の性も、そのままなら明るく清く平らかであるのに、雲と砂と欲が覆う。だから直すのではなく、覆いを取る話になります。北斗の喩えが効きます。舟の上で方角を見失っても、北斗を見れば目が覚める。「性は、亦た人の斗極なり」。迷ったときに戻る一点を、外にではなく自分の性のほうに置いています。もがくほど沈む淵の喩えも、動いて解決しようとする癖への戒めです。

この章句が説くこと

日月明らかならんと欲するも浮雲之を蓋う人性平らかならんと欲するも嗜欲之を害す舟に乗りて惑う者は斗極を見れば則ち寤む性は亦た人の斗極なり欲を縦にして性を失えば動きて未だ嘗て正しからず

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