淮南子 / 繆稱訓
天有四時,人有四用。何謂四用?視而形之,莫明於目;聽而精之,莫聰於耳;重而閉之,莫固於口;含而藏之,莫深於心。目見其形,耳聽其聲,口言其誠,而心致之精,則萬物之化鹹有極矣。地以德廣,君以德尊,上也;地以義廣,君以義尊,次也;地以強廣,君以強尊,下也。故粹者王,駁者霸,無一焉者亡。昔二皇鳳皇至於庭,三代至乎門,周室至乎澤。德彌粗,所至彌遠;德彌精,所至彌近。君子誠仁,施亦仁,不施亦仁;小人誠不仁,施亦不仁,不施亦不仁。善之由我,與其由人若,仁德之盛者也,故情勝欲者昌,欲勝情者亡。欲知天道,察其數;欲行地道,物其樹;欲知人道,從其欲。勿驚勿駭,萬物將自理;勿撓勿攖,萬物將自清。
新字:天有四時,人有四用。何謂四用?視而形之,莫明於目;聴而精之,莫聰於耳;重而閉之,莫固於口;含而蔵之,莫深於心。目見其形,耳聴其声,口言其誠,而心致之精,則万物之化鹹有極矣。地以徳広,君以徳尊,上也;地以義広,君以義尊,次也;地以強広,君以強尊,下也。故粋者王,駁者覇,無一焉者亡。昔二皇鳳皇至於庭,三代至乎門,周室至乎沢。徳弥粗,所至弥遠;徳弥精,所至弥近。君子誠仁,施亦仁,不施亦仁;小人誠不仁,施亦不仁,不施亦不仁。善之由我,与其由人若,仁徳之盛者也,故情勝欲者昌,欲勝情者亡。欲知天道,察其数;欲行地道,物其樹;欲知人道,従其欲。勿驚勿駭,万物将自理;勿撓勿攖,万物将自清。
書き下し
天に四時有り、人に四用有り。何をか四用と謂う。視て之を形どるは、目より明らかなるは莫し。聽きて之を精にするは、耳より聰なるは莫し。重んじて之を閉ざすは、口より固きは莫し。含みて之を藏するは、心より深きは莫し。目 其の形を見、耳 其の聲を聽き、口 其の誠を言い、而して心 之を精に致せば、則ち萬物の化 咸な極まる有り。地は德を以て廣く、君は德を以て尊きは、上なり。地は義を以て廣く、君は義を以て尊きは、次なり。地は強を以て廣く、君は強を以て尊きは、下なり。故に粹なる者は王たり、駁なる者は霸たり、一つも無き者は亡ぶ。昔 二皇の鳳皇は庭に至り、三代は門に至り、周室は澤に至る。德 彌々粗ければ、至る所 彌々遠し。德 彌々精なれば、至る所 彌々近し。君子は誠に仁なれば、施すも亦た仁、施さざるも亦た仁なり。小人は誠に不仁なれば、施すも亦た不仁、施さざるも亦た不仁なり。善の我に由るは、其の人に由ると若し。仁德の盛んなる者なり。故に情 欲に勝つ者は昌え、欲 情に勝つ者は亡ぶ。天道を知らんと欲せば、其の數を察せよ。地道を行わんと欲せば、其の樹を物せよ。人道を知らんと欲せば、其の欲に從え。驚かす勿かれ駭かす勿かれ、萬物 將に自ら理まらんとす。撓す勿かれ攖る勿かれ、萬物 將に自ら清まらんとす。
現代語訳
天に四季があるように、人には四つの用がある。何を四つの用というか。見てかたちを取るのに目より明るいものはなく、聴いて精しく分けるのに耳より聡いものはなく、重んじて閉ざすのに口より固いものはなく、含んで納めるのに心より深いものはない。目がその形を見、耳がその声を聴き、口がその誠を言い、心がそれを精しく行き届かせれば、万物の変化はことごとく極まる。地が徳によって広く、君が徳によって尊いのが上である。地が義によって広く、君が義によって尊いのがその次である。地が強さによって広く、君が強さによって尊いのが下である。だから純粋な者は王となり、混じった者は覇となり、一つもない者は亡ぶ。昔、二皇の鳳凰は庭まで来て、三代には門まで、周の世には沢までしか来なかった。徳が粗ければ、届く範囲は遠い。徳が精しければ、届く範囲は近い。君子は本当に仁であれば、施しても仁であり、施さなくても仁である。小人が本当に不仁であれば、施しても不仁であり、施さなくても不仁である。善が自分から出るのは、人から出るのと同じことだ。仁と徳の盛んな者である。だから情が欲に勝つ者は栄え、欲が情に勝つ者は亡ぶ。天の道を知りたければその数を調べ、地の道を行いたければその木を見きわめ、人の道を知りたければその欲に従え。驚かすな、脅かすな、万物はおのずと整おうとしている。かき乱すな、触り回すな、万物はおのずと清まろうとしている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『弁道』第七則孔子の「徳に拠り、仁に依る」と曰ふが如き、人各〻其の性の徳に拠りて之を失はず。性の徳は多端なりと雖も、皆仁を害せず。祇だ未だ養ひて之を成すこと能はず、故に道に悖る。養ふの道は、仁に依り芸に游ぶに在り。依るとは「声は永に依る」の依の如きなり。楽声は必ず詠歌と相依り、清濁之を以てし、節奏之を以てす。依るの謂なり。仁に依るも亦た爾り。人各〻其の徳に拠ると雖も、亦た必ず先王の天下を安んずるの道に和順して、敢へて之に違はず。然る後に以て各〻其の徳を成すに足る。此れ孔門の教へなり。大氐先王孔子の道は、皆運用営為する所有りて、其の要は養ひて以て成すに在り。然るに後人迫切の見、急に仁を以て一切を尽くさんと欲す。是を以て跳りて理に之かざるを得ず。而して其の説を究むれば、乃ち浮屠の法身一切に徧きの帰に過ぎず。悲しいかな。
-
『初学訓』巻之一一天地の大徳をうけて、人の心に生れつきたる徳を、名づけて仁といふ。徳とは、生れつきて、我が物にし得たる善をいふ。仁は、即ち人の心に備はれるあはれみめぐみの徳なり。是、人となれる者の、天にうけたる性なり。此心を失はずして、人をあはれみ、物をめぐむをいふ。此理をうまれつきたるを、性といふ。此心を失はざるは、天地にしたがひてつかへ奉る道なり。もし此心を失へば、即ち天地の御心に背きて、人の道を失ふなり。
-
『五常訓』巻之二・仁之上然れば仁と愛と、体用のわかちあり。たとへば仁は扇なり、体なり。愛は扇を以て人をあふぐが如し。あふがずんば扇も用なし。あはれみなくんば、仁なんぞ用あらんや。すべて言へば、愛するも仁なり。たとへばあふぐも扇なるが如し。性情体用も皆仁なり。体用をわかちて見、又合せて見るべし。程子又曰く、仁は愛を主とす。是仁は愛の理をふくめるゆゑ、動きて人にまじはれば、専愛する事をつかさどれり。義の宜をつかさどり、礼の敬をつかさどるが如し。天地の万物を生ずる心は、即是天地の物を愛するの理なり。其理を人にうけて性とするは、即仁なれば、仁は人物を愛するを主とせり。朱子曰く、仁は心の徳、愛の理なり。心の徳とは、徳は得る也。天地の人物を生じ給ふ心を、我が心に得て、わが物となれる道理を徳と云ふ。
-
『童子問』卷上問ふ、徳は人を愛するより大なるは莫し。故に孔門仁を以て学問の宗旨と為す。願はくは其の説を終へよ。曰く、仁の徳為る、豈に言を以て尽くし口もて悉くすべけんや。天下に王たれば則ち天下に及び、一国に君たれば則ち一国に及び、一家を主とすれば則ち一家に及ぶ。父と為りては則ち其の子に及び、夫と為りては則ち其の妻に及び、兄と為りては則ち其の弟に及び、弟と為りては則ち其の兄に及ぶ。此を以て身を治むれば則ち身修まり、此を以て事に処すれば則ち事成る。我能く人を愛すれば、人も亦我を愛す。相親しみ相愛すること、父母の親しむが如く、兄弟の睦まじきが如し。行ひて得ざる無く、事として成らざる無し。舜の一年にして聚を成し、二年にして邑を成し、三年にして都を成し、成湯の東面して征すれば西夷怨み、南面して征すれば北狄怨むが如き、是れ仁の効なり。不仁者は之に反す。残忍忮害して、衆叛き親離れ、死亡に至らざれば則ち止まず。故に仁は道徳の大本、学問の極致にして、天下の善、此に過ぐるは莫し。童子曰く、諾。
-
『五常訓』巻之二・仁之上義礼智も、皆心の徳なれど、仁は義礼智を兼ねたれば、仁において、専ら心の徳と云ふ。たとへば一家の中、兄弟四人あれども、嫡子一人を以て、其弟を兼ぬるが如し。愛の理とは、心の徳の、いまだ外にあらはれざる内に、自ら物をあはれむ理をふくめるを云ふ。仁に愛の理あるは、飴の甘きが如く、醋のすきが如し。其内の味なり。たとへば俗語に、ひらかねど扇は風のつぼみかなといへるが如し。すべていへば、仁は心の徳也。わかちていへば、愛の理也。心の徳、愛の理の六字、朱子はじめて発明せる所、後の学者に功あり。是周子の徳愛を曰仁に本づけり。或曰、愛之理は発用を指せりと。此の説非なり。朱子曰く、愛の理とは、是れ乃ち其の体性を指して言ふと。此説の証とすべし。
-
『呻吟語』内篇・問學・惟だ德を好み仁を欲するのみ溺るるを嫌はず天下の事は皆な溺る可からず。惟だ是れ德を好み仁を欲するのみ溺るるを嫌はず。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る