淮南子 / 繆稱訓
今夫夜有求,與瞽師併,東方開,斯照矣。動而有益,則損隨之。故《易》曰:「剝之不可遂盡也。故受之以複。」積薄為厚,積卑為高,故君子日孳孳以成輝,小人日怏怏以至辱。其消息也,離朱弗能見也。文王聞善如不及,宿不善如不祥。非為日不足也,其憂尋推之也。故《詩》曰:「周雖舊邦,其命維新。」懷情抱質,天弗能殺,地弗能霾也。聲揚天地之間,配日月之光,甘樂之者也。苟向善,雖過無怨;苟不向善,雖忠來患。故怨人不如自怨,求諸人不如求諸己得也。聲自召也,貌自示也,名自命也,文自官也,無非己者。操銳以刺,操刃以擊,何怨乎人?故管子文錦也,雖醜登廟;子產練染也,美而不尊。虛而能滿,淡而有味,被褐懷玉者。故兩心不可以得一人,一心可以得百人。男子樹蘭,美而不芳,繼子得食,肥而不澤,情不相與往來也。
新字:今夫夜有求,与瞽師併,東方開,斯照矣。動而有益,則損随之。故《易》曰:「剝之不可遂尽也。故受之以複。」積薄為厚,積卑為高,故君子日孳孳以成輝,小人日怏怏以至辱。其消息也,離朱弗能見也。文王聞善如不及,宿不善如不祥。非為日不足也,其憂尋推之也。故《詩》曰:「周雖旧邦,其命維新。」懐情抱質,天弗能殺,地弗能霾也。声揚天地之間,配日月之光,甘楽之者也。苟向善,雖過無怨;苟不向善,雖忠来患。故怨人不如自怨,求諸人不如求諸己得也。声自召也,貌自示也,名自命也,文自官也,無非己者。操銳以刺,操刃以擊,何怨乎人?故管子文錦也,雖醜登廟;子産練染也,美而不尊。虚而能満,淡而有味,被褐懐玉者。故両心不可以得一人,一心可以得百人。男子樹蘭,美而不芳,継子得食,肥而不沢,情不相与往来也。
書き下し
今夫れ夜に求むる有るに、瞽師と併ぶも、東方 開くれば、斯に照らさる。動きて益有れば、則ち損 之に隨う。故に『易』に曰く、「剝は遂に盡くす可からざるなり。故に之を受くるに複を以てす」と。薄きを積みて厚しと為し、卑きを積みて高しと為す。故に君子は日々孳孳として以て輝を成し、小人は日々怏怏として以て辱に至る。其の消息するや、離朱も見る能わざるなり。文王は善を聞くこと及ばざるが如くし、不善を宿すること不祥の如くす。日 足らざるが為に非ず、其の憂尋 之を推せばなり。故に『詩』に曰く、「周は舊邦なりと雖も、其の命は維れ新たなり」と。情を懷き質を抱けば、天も殺す能わず、地も霾む能わざるなり。聲 天地の間に揚がり、日月の光に配するは、之を甘樂すればなり。苟くも善に向かえば、過つと雖も怨み無し。苟くも善に向かわざれば、忠なりと雖も患いを來たす。故に人を怨むは自ら怨むに如かず、諸を人に求むるは諸を己に求めて得るに如かざるなり。聲は自ら召き、貌は自ら示し、名は自ら命じ、文は自ら官す。己に非ざる者無し。銳を操りて以て刺し、刃を操りて以て擊つ。何ぞ人を怨まんや。故に管子は文錦なり、醜しと雖も廟に登る。子產は練染なり、美なるも尊ばれず。虛にして能く滿ち、淡くして味有るは、褐を被て玉を懷く者なり。故に兩心は以て一人を得可からず、一心は以て百人を得可し。男子 蘭を樹うれば、美なるも芳しからず。繼子 食を得れば、肥ゆるも澤あらず。情 相い與に往來せざればなり。
現代語訳
いま夜に探し物があって、盲人の楽師と並んでいても、東の空が開ければそこは照らされる。動いて益があれば、損もそれに従う。だから『易』に言う、「剝はついに尽きることができない。だからこれを復で受ける」。薄いものを積んで厚くなり、低いものを積んで高くなる。だから君子は日ごとにこつこつと輝きを成し、小人は日ごとに不平を抱いて辱めに至る。その増え減りは、目のいい離朱でも見えない。文王は善を聞けば追いつけないかのようにし、善くないことを一晩抱えることを不吉なことのようにした。日が足りないからではなく、その心配が押し進めたのである。だから『詩』に言う、「周は古い国だが、その命は新しい」。情を抱き素質を抱いていれば、天も殺せず、地も埋められない。声が天地のあいだに上がり、日月の光と並ぶのは、それを心から楽しんでいるからである。善に向かっていれば、過ちがあっても怨まれない。善に向かっていなければ、忠であっても患いを招く。だから人を怨むより自分を怨むほうがよく、人に求めるより自分に求めて得るほうがよい。声は自分が招き、姿は自分が示し、名は自分がつけ、文は自分が司る。自分でないものはない。鋭いものを持って刺し、刃を持って打つ。どうして人を怨めようか。だから管仲は錦の織物であり、見た目が悪くても廟に上がる。子産は染めた練絹であり、美しくても尊ばれない。虚しくてよく満ち、淡くて味わいがあるのが、粗末な衣を着て玉を懐に持つ者である。だから二つの心では一人も得られず、一つの心なら百人を得られる。男が蘭を植えれば、美しくても香らない。継子に食べさせれば、太っても艶が出ない。情が互いに行き来していないからである。
解説
この章句が説くこと
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