淮南子 / 主術訓
夫民之好善樂正,不待禁誅而自中法度者,萬無一也。下必行之令,從之者利,逆之者凶,日陰未移,而海內莫不被繩矣。故握劍鋒,以離北宮子,司馬蒯蕢不使應敵;操其觚,招其末,則庸人能以制勝。今使烏獲、藉蕃從後牽牛尾,尾絕而不從者,逆也;若指之桑條以貫其鼻,則五尺童子,牽而週四海者,順也。夫七尺之橈而制船之左右者,以水為資;天子發號,令行禁止,以眾為勢也。夫防民之所害,開民之所利,威行也,若發堿決唐。故循流而下易以至,背風而馳易以遠。桓公立政,去食肉之獸,食粟之鳥,系罝之網,三舉而百姓說。紂殺王子比干而骨肉怨,斮朝涉者之脛而萬民叛,再舉而天下失矣。故義者,非能遍利天下之民也,利一人而天下從風;暴者,非盡害海內之眾也,害一人而天下離叛。故桓公三舉而九合諸侯,紂再舉而不得為匹夫。故舉錯不可不審。
新字:夫民之好善楽正,不待禁誅而自中法度者,万無一也。下必行之令,従之者利,逆之者凶,日陰未移,而海内莫不被縄矣。故握剣鋒,以離北宮子,司馬蒯蕢不使応敵;操其觚,招其末,則庸人能以制勝。今使烏獲、藉蕃従後牽牛尾,尾絶而不従者,逆也;若指之桑条以貫其鼻,則五尺童子,牽而週四海者,順也。夫七尺之橈而制船之左右者,以水為資;天子発号,令行禁止,以眾為勢也。夫防民之所害,開民之所利,威行也,若発堿決唐。故循流而下易以至,背風而馳易以遠。桓公立政,去食肉之獣,食粟之鳥,系罝之網,三舉而百姓説。紂殺王子比干而骨肉怨,斮朝渉者之脛而万民叛,再舉而天下失矣。故義者,非能遍利天下之民也,利一人而天下従風;暴者,非尽害海内之眾也,害一人而天下離叛。故桓公三舉而九合諸侯,紂再舉而不得為匹夫。故舉錯不可不審。
書き下し
夫れ民の善を好み正を樂しみ、禁誅を待たずして自ら法度に中たる者は、萬に一つも無し。下すに必ず之を行うの令あり、之に從う者は利あり、之に逆らう者は凶なれば、日陰 未だ移らずして、海內 繩を被らざる莫し。故に劍鋒を握りて、以て北宮子を離るれば、司馬蒯蕢も敵に應ぜしめず。其の觚を操りて、其の末を招けば、則ち庸人も能く以て勝を制す。今 烏獲・藉蕃をして後より牛尾を牽かしむれば、尾 絕ゆるも從わざるは、逆なればなり。之を指すに桑條を以て其の鼻を貫けば、則ち五尺の童子も、牽きて四海を週る者は、順なればなり。夫れ七尺の橈にして船の左右を制するは、水を以て資と為せばなり。天子 號を發して、令 行われ禁 止むは、眾を以て勢と為せばなり。夫れ民の害とする所を防ぎ、民の利とする所を開くは、威 行わるること、堿を發き唐を決するが若し。故に流れに循いて下れば以て至り易く、風を背にして馳すれば以て遠かり易し。桓公 政を立つるに、肉を食らうの獸、粟を食らうの鳥、罝を系ぐの網を去る。三たび舉げて百姓 說ぶ。紂 王子比干を殺して骨肉 怨み、朝に涉る者の脛を斮きて萬民 叛く。再び舉げて天下を失えり。故に義なる者は、能く遍く天下の民を利するに非ず、一人を利して天下 風に從う。暴なる者は、盡く海內の眾を害するに非ず、一人を害して天下 離叛す。故に桓公 三たび舉げて九たび諸侯を合し、紂 再び舉げて匹夫たるを得ず。故に舉錯 審らかにせざる可からず。
現代語訳
民が善を好み正しさを楽しみ、禁令や罰を待たずに自ら法に適う者は、万に一人もいない。必ず実行される令を下し、従う者には利があり、逆らう者には凶があるとなれば、日陰が動かないうちに、国じゅうで墨縄をかぶらない者はなくなる。剣の刃を握って北宮子から離れれば、司馬蒯蕢のような者でも敵に当たらせられない。柄を握って切っ先を向ければ、凡人でも勝ちを制せる。いま烏獲や藉蕃のような力士に後ろから牛の尾を引かせても、尾が切れても動かないのは、逆だからである。桑の枝を鼻に通して引けば、五尺の子どもでも四海を巡って引いていけるのは、順だからである。七尺の櫂で船の左右を操れるのは、水を資としているからである。天子が号令を発して令が行われ禁が守られるのは、多くの人を勢いとしているからである。民が害とするものを防ぎ、民が利とするものを開くとき、威が行われるのは、堰を開き堤を切るようである。だから流れに沿って下れば至りやすく、風を背にして走れば遠くまで行きやすい。桓公は政を立てるにあたり、肉を食う獣、粟を食う鳥、獲物を縛る網を除いた。三たび挙げて民は喜んだ。紂は王子比干を殺して肉親に怨まれ、朝に川を渡った者の脛を切って万民に背かれた。二たび挙げて天下を失った。だから義とは、天下の民をあまねく利することではない。一人を利して天下が風になびく。暴とは、国じゅうを残らず害することではない。一人を害して天下が離れ背く。だから桓公は三度挙げて九度諸侯を集め、紂は二度挙げて庶民でいることさえできなくなった。だから振る舞いは審らかにしなければならない。
解説
この章句が説くこと
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