淮南子 / 主術訓
夫華騮、綠耳,一日而至千里,然其使之搏兔,不如豺狼,伎能殊也。鴟夜撮蚤蚊,察分秋豪,晝日顛越,不能見丘山,形性詭也。夫螣蛇遊霧而動,應龍乘雲而舉,猿得木而捷,魚得水而鶩。故古之為車也,漆者不畫,鑿者不斫,工無二伎,士不兼官,各守其職,不得相奸,人得其宜,物得其安。是以器械不苦,而職事不嫚。夫責少者易償,職寡者易守,任輕者易權。上操約省之分,下效易為之功,是以君臣彌久而不相厭。
新字:夫華騮、綠耳,一日而至千里,然其使之搏兔,不如豺狼,伎能殊也。鴟夜撮蚤蚊,察分秋豪,昼日顛越,不能見丘山,形性詭也。夫螣蛇遊霧而動,応竜乗雲而舉,猿得木而捷,魚得水而鶩。故古之為車也,漆者不画,鑿者不斫,工無二伎,士不兼官,各守其職,不得相奸,人得其宜,物得其安。是以器械不苦,而職事不嫚。夫責少者易償,職寡者易守,任軽者易権。上操約省之分,下効易為之功,是以君臣弥久而不相厭。
書き下し
夫れ華騮・綠耳は、一日にして千里に至る。然れども其の之をして兔を搏たしむれば、豺狼に如かず。伎能 殊なればなり。鴟は夜に蚤蚊を撮り、分を察すること秋豪なるも、晝日には顛越して、丘山を見る能わず。形性 詭なればなり。夫れ螣蛇は霧に遊びて動き、應龍は雲に乘りて舉がり、猿は木を得て捷く、魚は水を得て鶩る。故に古の車を為るや、漆する者は畫かず、鑿つ者は斫らず、工に二伎無く、士は官を兼ねず、各々其の職を守りて、相い奸すを得ず。人 其の宜しきを得、物 其の安きを得たり。是を以て器械 苦しからずして、職事 嫚らず。夫れ責め少なき者は償い易く、職 寡なき者は守り易く、任 輕き者は權り易し。上は約省の分を操り、下は為し易きの功を效す。是を以て君臣 彌々久しくして相い厭わず。
現代語訳
華騮や緑耳といった名馬は、一日で千里を走る。それでも兎を捕らせれば、山犬に及ばない。技と能が違うからである。ふくろうは夜に蚤や蚊をつかまえ、秋の細い毛ほどの違いも見分けるが、昼には転げ回って、丘や山さえ見えない。形と性が逆さまだからである。螣蛇は霧の中を遊んで動き、応龍は雲に乗って昇り、猿は木を得て素早く、魚は水を得て走る。だから昔の車作りでは、漆を塗る者は絵を描かず、穴を掘る者は削らず、職人は二つの技を持たず、士は官職を兼ねず、それぞれ職を守って、互いに侵さなかった。人はその適所を得、物はその落ち着き先を得た。だから器械は無理をせず、仕事は怠けにならなかった。そもそも責めの少ない者は償いやすく、職の少ない者は守りやすく、任の軽い者は測りやすい。上は簡略な持ち分を執り、下はやりやすい功を差し出す。だから君と臣は長く続いても互いに嫌にならない。
解説
この章句が説くこと
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