淮南子 / 主術訓
桀之力,制觡伸鉤,索鐵歙金,椎移大犧,水殺黿鼉,陸捕熊羆;然湯革車三百乘,困之鳴條,擒之焦門。由此觀之,勇力不足以持天下矣。智不足以為治,勇不足以為強,則人材不足任,明也。而君人者不下廟堂之上,而知四海之外者,因物以識物,因人以知人也。故積力之所舉,則無不勝也;眾智之所為,則無不成也。陷井之無黿鼉,隘也;園中之無修木,小也。夫舉重鼎者,力少而不能勝也,及至其移徙之,不待其多力者。故千人之群無絕梁,萬人之聚無廢功。
新字:桀之力,制觡伸鉤,索鉄歙金,椎移大犠,水殺黿鼉,陸捕熊羆;然湯革車三百乗,困之鳴条,擒之焦門。由此観之,勇力不足以持天下矣。智不足以為治,勇不足以為強,則人材不足任,明也。而君人者不下廟堂之上,而知四海之外者,因物以識物,因人以知人也。故積力之所舉,則無不勝也;衆智之所為,則無不成也。陥井之無黿鼉,隘也;園中之無修木,小也。夫舉重鼎者,力少而不能勝也,及至其移徙之,不待其多力者。故千人之群無絶梁,万人之聚無廃功。
書き下し
桀の力、觡を制し鉤を伸ばし、鐵を索り金を歙め、椎もて大犧を移し、水には黿鼉を殺し、陸には熊羆を捕らう。然れども湯 革車三百乘もて、之を鳴條に困しめ、之を焦門に擒にす。此に由りて之を觀れば、勇力は以て天下を持するに足らず。智 以て治を為すに足らず、勇 以て強と為すに足らざれば、則ち人材の任ずるに足らざること、明らかなり。而るに人に君たる者の廟堂の上を下らずして、四海の外を知る者は、物に因りて以て物を識り、人に因りて以て人を知ればなり。故に積力の舉ぐる所は、則ち勝たざる無し。眾智の為す所は、則ち成らざる無し。陷井に黿鼉無きは、隘ければなり。園中に修木無きは、小なればなり。夫れ重鼎を舉ぐる者は、力少なければ勝うる能わず。其の之を移徙するに至りては、其の多力なる者を待たず。故に千人の群に絕梁無く、萬人の聚に廢功無し。
現代語訳
桀の力は、角を折り曲げ鉤をまっすぐに伸ばし、鉄をより合わせ金属を縮め、槌で大きな犠牲の牛を動かし、水中では黿や鼉を殺し、陸では熊を捕らえるほどだった。それでも湯は革張りの車三百乗で、鳴条で追い詰め、焦門で捕らえた。これによって見れば、勇と力では天下を保てない。知恵で治めるに足りず、勇で強さとするに足りないなら、人の才に頼れないことは明らかである。それでいて君主が朝堂を下りないまま四海の外を知るのは、物によって物を知り、人によって人を知るからである。だから力を積み重ねて挙げれば、勝てないものはない。多くの知恵で行えば、成らないものはない。落とし穴に黿や鼉がいないのは、狭いからである。庭に高い木がないのは、小さいからである。重い鼎を持ち上げる者は、力が足りなければ持ち上げられない。だがそれを動かして運ぶだけなら、力の強い者を待つ必要はない。だから千人の群れには途切れる梁がなく、万人の集まりには廃れる功がない。
解説
この章句が説くこと
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