淮南子 / 主術訓
夫疾呼不過聞百步,志之所在,逾於千里。冬日之陽,夏日之陰,萬物歸之,而莫使之然。故至精之像,弗招而自來,不麾而自住,窈窈冥冥,不知為之者誰,而功自成。智者弗能誦,辯者弗能形。昔孫叔敖恬臥,而郢人無所害其鋒;市南宜遼弄丸,而兩家之難無所關其辭。鞅鞈鐵鎧,瞋目扼腕,其於以禦兵刃,縣矣;券契束帛,刑罰斧鉞,其于以解難,薄矣;待目而照見,待言而使令,其於為治,難矣。蘧伯玉為相,子貢往觀之,曰:「何以治國?」曰:「以弗治治之。」簡子欲伐衛,使史黯往覿焉,還報曰:「蘧伯玉為相,未可以加兵。」固塞險阻,何足以致之!故皋陶瘖而為大理,天下無虐刑,有貴於言者也;師曠瞽而為太宰,晉無亂政,有貴於見者也。故不言之令,不視之見,此伏犧、神農之所以為師也。
新字:夫疾呼不過聞百歩,志之所在,逾於千里。冬日之陽,夏日之陰,万物帰之,而莫使之然。故至精之像,弗招而自来,不麾而自住,窈窈冥冥,不知為之者誰,而功自成。智者弗能誦,弁者弗能形。昔孫叔敖恬臥,而郢人無所害其鋒;市南宜遼弄丸,而両家之難無所関其辞。鞅鞈鉄鎧,瞋目扼腕,其於以禦兵刃,県矣;券契束帛,刑罰斧鉞,其于以解難,薄矣;待目而照見,待言而使令,其於為治,難矣。蘧伯玉為相,子貢往観之,曰:「何以治国?」曰:「以弗治治之。」簡子欲伐衛,使史黯往覿焉,還報曰:「蘧伯玉為相,未可以加兵。」固塞険阻,何足以致之!故皋陶瘖而為大理,天下無虐刑,有貴於言者也;師曠瞽而為太宰,晋無乱政,有貴於見者也。故不言之令,不視之見,此伏犠、神農之所以為師也。
書き下し
夫れ疾く呼ぶも百步に聞こゆるに過ぎず。志の在る所は、千里を逾ゆ。冬日の陽、夏日の陰、萬物 之に歸するも、之をして然らしむる莫し。故に至精の像は、招かずして自ら來たり、麾かずして自ら住まる。窈窈冥冥として、之を為す者は誰なるかを知らずして、功 自ら成る。智者も誦ずる能わず、辯者も形どる能わず。昔 孫叔敖 恬臥して、郢人 其の鋒を害する所無し。市南宜遼 丸を弄びて、兩家の難 其の辭を關する所無し。鞅鞈鐵鎧、目を瞋らし腕を扼するは、其の以て兵刃を禦ぐに於けるや、縣たり。券契束帛、刑罰斧鉞は、其の以て難を解くに於けるや、薄し。目を待ちて照見し、言を待ちて使令するは、其の治を為すに於けるや、難し。蘧伯玉 相と為るに、子貢 往きて之を觀て曰く、「何を以て國を治むるか」と。曰く、「弗治を以て之を治む」と。簡子 衛を伐たんと欲し、史黯をして往きて覿しむ。還りて報じて曰く、「蘧伯玉 相と為れり、未だ以て兵を加う可からず」と。固塞險阻、何ぞ以て之を致すに足らんや。故に皋陶 瘖にして大理と為り、天下に虐刑無し。言よりも貴き者有ればなり。師曠 瞽にして太宰と為り、晉に亂政無し。見るよりも貴き者有ればなり。故に不言の令、不視の見、此れ伏犧・神農の師と為す所以なり。
現代語訳
大声で呼んでも百歩の先までしか聞こえない。だが志のあるところは、千里を越える。冬の日なた、夏の日陰には、万物が寄ってくるが、そうさせている者はいない。だから至って精なるもののかたちは、招かなくても自ら来て、追い立てなくても自ら留まる。奥深く暗くて、それを行った者が誰かも分からないまま、功はおのずと成る。知者にも語れず、弁者にも形にできない。昔、孫叔敖は静かに臥していただけで、郢の人はその鋒先を向けなかった。市南宜遼は玉を手玉に取っていただけで、二つの家の争いはその言葉を挟む余地がなかった。鎧兜を着け、目を怒らせ腕をまくるのは、刃を防ぐには程遠い。証文や絹の贈り物、刑罰や斧鉞は、争いを解くには薄い。目で見てはじめて照らし、言葉で言ってはじめて命じるのでは、治めることは難しい。蘧伯玉が宰相となったとき、子貢が行って見て問うた、「何によって国を治めていますか」。答えは、「治めないことによって治めています」。趙簡子が衛を討とうとして、史黯を偵察にやった。帰って報告した、「蘧伯玉が宰相になりました。まだ兵を差し向けることはできません」。堅固な砦や険しい地形が、どうしてこれをもたらせよう。だから皋陶は口がきけないまま裁判官となり、天下に酷い刑がなかった。言葉より貴いものがあったからである。師曠は目が見えないまま太宰となり、晋に乱れた政がなかった。見ることより貴いものがあったからである。だから言わない令、見ない見。これが伏羲と神農が師とされる理由である。
解説
この章句が説くこと
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