淮南子 / 本經訓
古者上求薄而民用給,君施其德,臣盡其忠,父行其慈,子竭其孝,各致其愛而無憾恨其間。夫三年之喪,非強而致之,聽樂不樂,食旨不甘,思慕之心,未能絕也。晚世風流俗敗,嗜欲多,禮義廢,君臣相欺,父子相疑,怨尤充胸,思心盡亡,被衰戴絰,戲笑其中,雖致之三年,失喪之本也。
新字:古者上求薄而民用給,君施其徳,臣尽其忠,父行其慈,子竭其孝,各致其愛而無憾恨其間。夫三年之喪,非強而致之,聴楽不楽,食旨不甘,思慕之心,未能絶也。晩世風流俗敗,嗜欲多,礼義廃,君臣相欺,父子相疑,怨尤充胸,思心尽亡,被衰戴絰,戯笑其中,雖致之三年,失喪之本也。
書き下し
古者 上の求め薄くして民の用 給し、君は其の德を施し、臣は其の忠を盡くし、父は其の慈を行い、子は其の孝を竭くし、各々其の愛を致して其の間に憾恨無し。夫れ三年の喪は、強いて之を致すに非ず。樂を聽きても樂しからず、旨きを食らいても甘からず、思慕の心、未だ絕つ能わざればなり。晚世 風流れ俗敗れ、嗜欲多く、禮義廢れ、君臣 相い欺き、父子 相い疑い、怨尤 胸に充ち、思心 盡く亡う。衰を被り絰を戴きて、其の中に戲笑するは、之を三年に致すと雖も、喪の本を失えるなり。
現代語訳
昔は、上の求めが薄くて民の入用は足り、君はその徳を施し、臣はその忠を尽くし、父はその慈しみを行い、子はその孝を尽くして、それぞれ愛を尽くしてその間に恨みがなかった。そもそも三年の喪は、無理にそうさせるものではない。音楽を聴いても楽しくなく、うまいものを食べても甘くなく、慕う心を断つことができないからである。後の世は気風が流れ風俗は崩れ、欲は多く、礼義は廃れ、君と臣は互いに欺き、父と子は互いに疑い、恨みが胸に満ち、慕う心はすっかり失われた。喪服をまとい麻の帯を頭に着けながら、その中で笑いさざめくのは、三年続けたとしても、喪の本を失っている。
解説
この章句が説くこと
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『講孟余話』盡心上 第四十六章「三年の喪を能くせずして、緦・小功を之れ察し、放飯流歠して、歯決すること無きを問ふ。是れを之れ務めを知らずと謂ふ」、亦良き喩へなり。今人大眼目なし、好んで瑣事末節を論ず。此の弊、読書人尤も甚だし。不忠不孝不信不義は人の大罪なり、却つて措きて論ぜず。極論直言する者を不敬と号し、酒を飲み人を罵れば狂気と号す。其の書を講ずるに至りては、一言半句朱註に戻れば異端雑学と号す。天下国家を憂ふれば蘇秦・張儀と号す。膺懲撻伐を論ずれば麤豪と号す。而して其の自ら行ふ所を見れば、辺幅を修飾し、言語を沈重にし、小廉曲謹、郷里善人の名を貪り、権勢の門に伺候し、阿諛曲従至らざる所なし。行々の色著はれず、侃々の声聞こえず、忠ならず孝ならず尤も朋友に信ならず、而して自ら居りて愧づることを知らず。是れを之れ務めを知らずと謂ふ。此の篇、下篇と相属く、故に総論は下篇にて云ふべし。但し此の篇大抵尽心の二字を以て骨子とし、君子窮達の道、国政王覇の弁等、皆尽くせり。或いは三四章も相連なり、或いは断ちて他事に及ぶもあり。各章に於て已に略之れを論ず、意を留めて是れを見ば自ら知らん。結末三章相承く、是れ亦尤も尽心の工夫なり。講孟劄記巻之四中終。
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