淮南子 / 本經訓
及至分山川溪穀,使有壤界,計人多少眾寡,使有分數,築城掘池,設機械險阻以為備,飾職事,制服等,異貴賤,差賢不肖,經誹譽,行賞罰,則兵革興而分爭生,民之滅抑夭隱,虐殺不辜而刑誅無罪,於是生矣。天地之合和,陰陽之陶化萬物,皆乘人氣者也。是故上下離心,氣乃上蒸,君臣不和,五穀不為。距日冬至四十六日,天含和而未降,地懷氣而未揚,陰陽儲與,呼吸浸潭,包裹風俗,斟酌萬殊,旁薄眾宜,以相嘔咐醞釀,而成育群生。是故春肅秋榮,冬雷夏霜,皆賊氣之所生。
新字:及至分山川渓穀,使有壤界,計人多少衆寡,使有分数,築城掘池,設機械険阻以為備,飾職事,制服等,異貴賤,差賢不肖,経誹誉,行賞罰,則兵革興而分争生,民之滅抑夭隠,虐殺不辜而刑誅無罪,於是生矣。天地之合和,陰陽之陶化万物,皆乗人気者也。是故上下離心,気乃上蒸,君臣不和,五穀不為。距日冬至四十六日,天含和而未降,地懐気而未揚,陰陽儲与,呼吸浸潭,包裹風俗,斟酌万殊,旁薄衆宜,以相嘔咐醞醸,而成育群生。是故春粛秋栄,冬雷夏霜,皆賊気之所生。
書き下し
山川溪穀を分かち、壤界有らしめ、人の多少眾寡を計り、分數有らしめ、城を築き池を掘り、機械險阻を設けて以て備えと為し、職事を飾り、服等を制し、貴賤を異にし、賢不肖を差ち、誹譽を經め、賞罰を行うに至れば、則ち兵革興りて分爭生じ、民の滅抑夭隱、辜無きを虐殺して罪無きを刑誅すること、是に於いて生ずるなり。天地の合和、陰陽の萬物を陶化するは、皆な人氣に乘ずる者なり。是の故に上下 心を離せば、氣 乃ち上に蒸し、君臣 和せざれば、五穀 為らず。日を距つること冬至四十六日、天は和を含みて未だ降さず、地は氣を懷きて未だ揚げず、陰陽 儲與し、呼吸 浸潭し、風俗を包裹し、萬殊を斟酌し、眾宜に旁薄し、以て相い嘔咐醞釀して、群生を成育す。是の故に春に肅み秋に榮え、冬に雷あり夏に霜あるは、皆な賊氣の生ずる所なり。
現代語訳
山や川や谷を分けて境を作り、人の多い少ないを数えて割り当てを決め、城を築き堀を掘り、しかけと険しい備えを設け、職務を飾り、服装に等級を定め、貴賤を分け、賢と不肖を差別し、そしりと誉れを整え、賞罰を行うようになると、武力が起こって争いが生じ、民が押さえつけられて若死にし、罪のない者が虐殺され罪のない者が刑に処されることが、そこから生じる。天地が和し、陰陽が万物を作り変えるのは、みな人の気に乗るのである。だから上と下の心が離れれば、気は上へ蒸し、君と臣が和さなければ、五穀は実らない。冬至から四十六日を隔てるころ、天は和らぎを含んでまだ降ろさず、地は気を抱いてまだ上げず、陰と陽はためらい、呼吸はゆっくりと満ち、風俗を包み、さまざまな違いをはかり、多くの適したものに行き渡り、互いに息を吹きかけ醸すようにして、生きるものを育てる。だから春に引き締まり秋に茂り、冬に雷が鳴り夏に霜が降りるのは、みな害をなす気の生じたものである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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