淮南子 / 精神訓
夫至人倚不拔之柱,行不關之塗,稟不竭之府,學不死之師。無往而不遂,無至而不通。生不足以掛志,死不足以幽神,屈伸俯仰,抱命而婉轉。禍福利害,千變萬化,孰足以患心!若此人者,抱素守精,蟬蛻蛇解,游於太清,輕舉獨往,忽然入冥。鳳凰不能與之儷,而況斥鷃乎!勢位爵祿,何足以概志也!晏子與崔杼盟,臨死地而不易其義。殖、華將戰而死,莒君厚賂而止之,不改其行。故晏子可迫以仁,而不可劫以兵;殖、華可止以義,而不可縣以利。君子義死,而不可以富貴留也;義為,而不可以死亡恐也。彼則直為義耳,而尚猶不拘於物,又況無為者矣。
新字:夫至人倚不抜之柱,行不関之塗,稟不竭之府,学不死之師。無往而不遂,無至而不通。生不足以掛志,死不足以幽神,屈伸俯仰,抱命而婉転。禍福利害,千変万化,孰足以患心!若此人者,抱素守精,蝉蛻蛇解,游於太清,軽舉独往,忽然入冥。鳳凰不能与之儷,而況斥鷃乎!勢位爵禄,何足以概志也!晏子与崔杼盟,臨死地而不易其義。殖、華将戦而死,莒君厚賂而止之,不改其行。故晏子可迫以仁,而不可劫以兵;殖、華可止以義,而不可県以利。君子義死,而不可以富貴留也;義為,而不可以死亡恐也。彼則直為義耳,而尚猶不拘於物,又況無為者矣。
書き下し
夫れ至人は拔けざるの柱に倚り、關さざるの塗を行き、竭きざるの府に稟け、死せざるの師に學ぶ。往くとして遂げざる無く、至るとして通ぜざる無し。生も以て志に掛くるに足らず、死も以て神を幽くするに足らず。屈伸俯仰、命を抱きて婉轉す。禍福利害、千變萬化するも、孰か以て心を患えしむるに足らんや。此くのごとき人は、素を抱き精を守り、蟬蛻蛇解し、太清に游び、輕舉獨往して、忽然として冥に入る。鳳凰も之と儷たる能わず、而して況んや斥鷃をや。勢位爵祿、何ぞ以て志を概するに足らんや。晏子 崔杼と盟うに、死地に臨みて其の義を易えず。殖・華 將に戰いて死せんとするに、莒君 厚く賂して之を止むるも、其の行を改めず。故に晏子は迫るに仁を以てす可くして、劫かすに兵を以てす可からず。殖・華は止むるに義を以てす可くして、縣くるに利を以てす可からず。君子は義もて死し、而して富貴を以て留む可からず。義もて為し、而して死亡を以て恐れしむ可からず。彼は則ち直だ義を為すのみ、而も尚お猶お物に拘われず。又た況んや無為なる者をや。
現代語訳
そもそも至人は抜けることのない柱に寄りかかり、閉ざされることのない道を行き、尽きることのない蔵から受け取り、死ぬことのない師に学ぶ。行って達しないところはなく、至って通じないところはない。生も志を掛けるに足りず、死も心を暗くするに足りない。屈み伸び、俯き仰ぎ、命を抱いて移り変わる。禍福も利害も千に変わり万に化しても、何が心を煩わせるに足りようか。こういう人は、素朴を抱き精を守り、蝉が殻を脱ぎ蛇が皮を脱ぐように抜け出し、極みの清らかさに遊び、身軽に独り行き、たちまち奥深いところへ入る。鳳凰でさえ並ぶことができない、まして小さな鷃などなおさらだ。権勢も地位も爵も禄も、どうして志を測る目盛りになろうか。晏子は崔杼と盟うにあたり、死地に臨んでもその義を変えなかった。殖と華は戦って死のうとしたとき、莒の君が厚く賄って止めさせようとしたが、その行いを改めなかった。だから晏子は仁によって迫ることはできても、兵によって脅すことはできない。殖と華は義によって止めることはできても、利によって釣ることはできない。君子は義のために死ぬのであり、富貴によって引き止めることはできない。義のために行うのであり、死によって恐れさせることはできない。あの人たちはただ義を行っただけであり、それでも物に縛られなかった。まして何もしない者ならなおさらである。
解説
この章句が説くこと
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司馬法・仁本義を争いて利を争わず、是を以てその義を明らかにするなり。
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