淮南子 / 覽冥訓
晚世之時,七國異族,諸侯制法,各殊習俗,縱橫間之,舉兵而相角,攻城濫殺,覆高危安,掘墳墓,揚人骸,大沖車,高重京,除戰道,便死路,犯嚴敵,殘不義,百往一反,名聲苟盛也。是故質壯輕足者為甲卒,千里之外,家老羸弱,悽愴於內,廝徒馬圉,軵車奉饟,道路遼遠,霜雪亟集,短褐不完,人羸車弊,泥塗至膝,相攜於道,奮首于路,身枕格而死,所謂兼國有地者,伏屍數十萬,破車以千百數,傷弓弩矛戟矢石之創者,扶舉于路,故世至於枕人頭,食人肉,菹人肝,飲人血,甘之於芻豢故。故自三代以後者,天下未嘗得安其情性,而樂其習俗,保其修命,而不夭於人虐也。所以然者何也?諸侯力征,天下不合而為一家。
新字:晩世之時,七国異族,諸侯制法,各殊習俗,縦横間之,舉兵而相角,攻城濫殺,覆高危安,掘墳墓,揚人骸,大沖車,高重京,除戦道,便死路,犯厳敵,残不義,百往一反,名声苟盛也。是故質壮軽足者為甲卒,千里之外,家老羸弱,悽愴於内,廝徒馬圉,軵車奉饟,道路遼遠,霜雪亟集,短褐不完,人羸車弊,泥塗至膝,相攜於道,奮首于路,身枕格而死,所謂兼国有地者,伏屍数十万,破車以千百数,傷弓弩矛戟矢石之創者,扶舉于路,故世至於枕人頭,食人肉,菹人肝,飲人血,甘之於芻豢故。故自三代以後者,天下未嘗得安其情性,而楽其習俗,保其修命,而不夭於人虐也。所以然者何也?諸侯力征,天下不合而為一家。
書き下し
晚世の時、七國 族を異にし、諸侯 法を制し、各々習俗を殊にし、縱橫 之を間てて、兵を舉げて相い角い、城を攻めて濫りに殺し、高きを覆し安きを危うくし、墳墓を掘り、人の骸を揚げ、沖車を大にし、重京を高くし、戰道を除き、死路を便にし、嚴敵を犯し、不義を殘い、百 往きて一 反り、名聲 苟くも盛んなり。是の故に質壯にして足輕き者は甲卒と為り、千里の外にあり。家の老羸弱は、內に悽愴し、廝徒馬圉は、車を軵し饟を奉ず。道路遼遠にして、霜雪 亟しば集まり、短褐 完からず、人は羸れ車は弊れ、泥塗 膝に至り、相い攜えて道に、首を路に奮い、身は格に枕して死す。所謂 國を兼ね地を有つ者は、伏屍 數十萬、破車 千百を以て數え、弓弩矛戟矢石の創を傷る者、路に扶け舉げらる。故に世 人の頭を枕とし、人の肉を食らい、人の肝を菹にし、人の血を飲み、之を芻豢よりも甘しとするに至る。故に三代より後なる者は、天下 未だ嘗て其の情性を安んじ、其の習俗を樂しみ、其の修命を保ちて、人の虐に夭せざるを得ざるなり。然る所以の者は何ぞや。諸侯 力めて征し、天下 合して一家と為らざればなり。
現代語訳
後の世になると、七つの国は族を異にし、諸侯はそれぞれ法を作り、風俗を別にし、合従と連衡がその間を割り、兵を挙げて互いに角を突き合わせた。城を攻めてみだりに殺し、高い者を覆し安らかな者を危うくし、墓を掘り、人の骨をさらし、破城車を大きくし、見張り台を高くし、戦の道を開き、死への路を通りやすくし、手ごわい敵に当たり、不義の者を損ない、百人が出て一人が帰り、それでも名声だけは盛んであった。だから体が丈夫で足の軽い者は甲を着た兵となり、千里の外にいる。家の老人や病弱な者は家の中で嘆き悲しみ、下働きや馬飼いは車を押し兵糧を運ぶ。道は遠く、霜と雪はしばしば降り、短い麻の衣は破れ、人は痩せ車は壊れ、泥は膝まで来る。互いに助け合って道を行き、路上で頭を振り上げ、身を柵に預けて死ぬ。いわゆる国を併せ地を得た者のもとには、倒れた屍が数十万、壊れた車は千百を数え、弓や弩や矛や戟や矢石の傷を負った者が、路上で助け起こされる。ついには世の中は人の頭を枕にし、人の肉を食い、人の肝を漬け、人の血を飲み、それを家畜の肉より甘いとするまでになった。だから夏殷周の三代より後は、天下がその性情を安んじ、その習俗を楽しみ、寿命を保って人の暴虐に若死にしないでいられたためしがない。そうなった理由は何か。諸侯が力ずくで攻め合い、天下が合わさって一つの家とならなかったからである。
解説
この章句が説くこと
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孫子・形篇勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ず。戦い勝ちて天下善と曰うも、善の善なる者に非ず。故に秋毫を挙ぐるも多力と為さず、日月を見るも明目と為さず、雷霆を聞くも聡耳と為さず。
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史記 伯夷列伝「君子は世を没して名の称せられざるを疾む」。賈子曰く、「貪夫は財に徇じ、烈士は名に徇じ、夸者は権に死し、衆庶は生を馮む」と。「同明は相ひ照らし、同類は相ひ求む。雲は龍に従ひ、風は虎に従ふ。聖人作りて万物覩はる」。伯夷・叔斉は賢なりと雖も、夫子を得て名益々彰はる。顔淵は篤学なりと雖も、驥尾に附して行ひ益々顕はる。巌穴の士、趣舎此くの若き時有り、類名堙滅して称せられざるは、悲しいかな。閭巷の人、行ひを砥ぎ名を立てんと欲する者は、青雲の士に附くに非ずんば、悪んぞ能く後世に施かんや。
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説苑・雜言曾子曰く、「響は声を辞せず、鑑は形を辞せず、君子は一を正しくして万物皆成る。夫れ行くは影の為に非ざるも、而も影之に随う。呼ぶは響の為に非ざるも、而も響之に和す。故に君子は功先ず成りて名之に随う」と。
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呂氏春秋・功名⑤賢不肖は以て相分かたざる可からず。命の易う可からざるが若く、美惡の移す可からざるが若し。桀・紂の貴きことは天子為り、富は天下を有ち、能く害を天下の民に盡くす。而るに賢名を之に得ること能わず。關龍逢・王子比干は能く要領の死を以て、其の上の過ちを争う。而れども之に賢名を與うること能わず。名は固より以て相分かつ可からず。必ず其の理に由る。
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