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呂氏春秋 / 功名⑤

賢不肖不可以(不)相分,若命之不可易,若美惡之不可移。桀、紂貴為天子,富有天下,能盡害天下之民,而不能得賢名(之)。關龍(逢)〔逄〕、王子比干能以要領之死,爭其上之過,而不能與之賢名。名固不可以相分,必由其理。

新字:賢不肖不可以(不)相分,若命之不可易,若美悪之不可移。桀、紂貴為天子,富有天下,能尽害天下之民,而不能得賢名(之)。関竜(逢)〔逄〕、王子比干能以要領之死,争其上之過,而不能与之賢名。名固不可以相分,必由其理。

書き下し

賢不肖は以て相分かたざる可からず。命の易う可からざるが若く、美惡の移す可からざるが若し。桀・紂の貴きことは天子為り、富は天下を有ち、能く害を天下の民に盡くす。而るに賢名を之に得ること能わず。關龍逢・王子比干は能く要領の死を以て、其の上の過ちを争う。而れども之に賢名を與うること能わず。名は固より以て相分かつ可からず。必ず其の理に由る。

現代語訳

賢者と愚者(不肖の者)は、取り違えたり付け替えたりすることはできない。それは寿命が取り換えられないようなもの、美と醜が移し替えられないようなものだ。桀・紂は、身分の貴さでは天子であり、富は天下を所有し、天下の民に害をおよぼし尽くすほどの力があった。それでも賢者としての名を得ることはできなかった。關龍逢や王子比干は、腰や首を斬られる死をもって(命がけで)主君の過ちをいさめた。それでも主君である桀・紂に賢名を与えることはできなかった。名声とは、もともと勝手に付け替えられるものではない。必ずその実質(道理)に基づくのである。

解説

この段は、篇「功名」の結びとして、名声はごまかしがきかないと説きます。賢者と愚者は、寿命や美醜のように、取り違えたり付け替えたりできません。桀・紂は天子の位と天下の富を持ちながら、賢者の名は得られませんでした。逆に、關龍逢や比干が命がけで主君をいさめても、暴君である主君に良い名を与えることはできませんでした。つまり名声は、地位や他者の働きで動かせるものではなく、必ずその人自身の実質(道理)から生じるのです。呂氏春秋は、功名を求めるより、それを生む実質を積むべきだと諭します。現代でも、評判や名声は取り繕いや肩書きでは得られず、実際の行いと中身に必然的に伴うものだという教訓として読むことができます。

この章句が説くこと

功名名声賢不肖桀紂関竜逢比干

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