説苑 / 雜言
曾子曰:「響不辭聲,鑑不辭形,君子正一而萬物皆成。夫行非為影也,而影隨之;呼非為響也,而響和之。故君子功先成而名隨之。」
新字:曽子曰:「響不辞声,鑑不辞形,君子正一而万物皆成。夫行非為影也,而影随之;呼非為響也,而響和之。故君子功先成而名随之。」
書き下し
曾子曰く、「響は声を辞せず、鑑は形を辞せず、君子は一を正しくして万物皆成る。夫れ行くは影の為に非ざるも、而も影之に随う。呼ぶは響の為に非ざるも、而も響之に和す。故に君子は功先ず成りて名之に随う」と。
現代語訳
曾子は言った。「こだまは声を拒まず、鏡は姿を拒まない。君子は自分自身をひたすら正しく保つだけで、あらゆる物事はおのずと成就する。歩くのは影を作るためではないが、影は自然についてくる。呼ぶのはこだまを起こすためではないが、こだまは自然に応じる。だから君子は、まず功績を成し遂げることに専念し、名声はそれに後からついてくるものなのだ」と。
解説
こだまや鏡が意図せずとも声や姿にそのまま応じるように、君子はただ自分自身の在り方を正すことだけに専念すればよく、名声や評判はその副産物として自然についてくるという曾子の言葉は、結果を追い求める前にまず自分の在り方を整えることの大切さを説く。現代の仕事においても、評判や見栄えばかりを気にして行動が先に立たない人と、地道に実質を積み上げた結果として評価がついてくる人がいる。この章が示すのは、名声そのものを目的化するのではなく、影やこだまのように評判は後からついてくるものだと割り切り、まず実質を成し遂げることに集中する姿勢の健全さである。
この章句が説くこと
実質先行名声自己修養
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