淮南子 / 時則訓
中央之極,自昆侖東絕兩恆山,日月之所道,江、漢之所出,眾民之野,五穀之所宜,龍門、河、濟相貫,以息壤堙洪水之州,東至於碣石,黃帝、后土之所司者,萬二千里。其令曰:平而不阿,明而不苛,包裹覆露,無不囊懷,溥氾無私,正靜以和,行稃鬻,養老衰,弔死問疾,以送萬物之歸。
新字:中央之極,自昆侖東絶両恒山,日月之所道,江、漢之所出,眾民之野,五穀之所宜,竜門、河、済相貫,以息壤堙洪水之州,東至於碣石,黄帝、后土之所司者,万二千里。其令曰:平而不阿,明而不苛,包裹覆露,無不囊懐,溥氾無私,正静以和,行稃鬻,養老衰,弔死問疾,以送万物之帰。
書き下し
中央の極、昆侖より東のかた兩恆山を絕ち、日月の道する所、江・漢の出づる所、眾民の野、五穀の宜しき所、龍門・河・濟相い貫き、息壤を以て洪水を堙ぐの州、東のかた碣石に至る、黃帝・后土の司る所の者、萬二千里。其の令に曰く、平らかにして阿らず、明らかにして苛ならず、包裹覆露して、囊懷せざる無く、溥氾にして私無く、正靜以て和し、稃鬻を行い、老衰を養い、死を弔い疾を問い、以て萬物の歸するを送る、と。
現代語訳
中央の果ては、昆侖から東へ二つの恒山を越え、日と月の通る道、長江と漢水の出るところ、多くの民の野、五穀のよく実るところ、龍門と黄河と済水が貫き、息壌をもって洪水を塞いだ州、東は碣石に至るまで、黄帝と后土の司るところ、一万二千里である。その令はこう言う。平らかで偏らず、明らかで苛くなく、包み込んで覆いかぶせ、懐に入れないものはなく、あまねく広がって私がなく、正しく静かにして和らげ、粥を配り、老い衰えた者を養い、死者を弔い病者を見舞って、万物が帰るのを送れ。
解説
四方の真ん中には、東西南北のような具体の禁令がありません。代わりに置かれたのが「平らかにして阿らず、明らかにして苛ならず」という二対の否定です。公平だが特定の者に傾かず、はっきりしているが厳しすぎない。そのうえで包み込み、私を持たない。中央の仕事は何かを開くことでも閉ざすことでもなく、偏りを持たない態度そのものだ、という配置になっています。
この章句が説くこと
中央の極黄帝・后土の司る所平らかにして阿らず明らかにして苛ならず包裹覆露して囊懐せざる無し溥氾にして私無く正静以て和す五方中央
関連する章句
-
尚書・周官公を以て私を滅すれば、民其れ允に懷かん。
-
論語・先進篇顔淵死す。顔路、子の車を請いて以て之が槨を為らんとす。子曰く、「才も不才も、亦た各々其の子と言うなり。鯉や死せるとき、棺有りて槨無し。吾徒行して以て之が槨を為らず。吾大夫の後に従うを以て、徒行す可からざるなり。」
-
論語・季氏篇陳亢、伯魚に問いて曰く、「子も亦た異聞有りや。」対えて曰く、「未だし。嘗て独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『詩を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『詩を学ばずんば、以て言うこと無し。』鯉退きて詩を学ぶ。他日、又独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『礼を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『礼を学ばずんば、以て立つこと無し。』鯉退きて礼を学ぶ。斯の二者を聞けり。」陳亢退きて喜びて曰く、「一を問いて三を得たり。詩を聞き、礼を聞き、又君子の其の子を遠ざくるを聞けり。」
-
老子・第5章天地は不仁、万物を以て芻狗と為す。聖人は不仁、百姓を以て芻狗と為す。天地の間は、其れ猶お橐籥のごときか。虚しくして屈きず、動きて愈々出づ。多言なれば数々窮す、中を守るに如かず。
-
尉繚子・將理凡そ将は理官なり、万物の主なり、一人に私せず。
-
論語・為政篇子曰く、君子は周して比せず、小人は比して周せず。