淮南子 / 墜形訓
凡海外三十五國,自西北至西南方,有修股民、天民、肅慎民、白民、沃民、女子民、丈夫民、奇股民、一臂民、三身民;自西南至東南方,結胸民、羽民、歡頭國民、裸國民、三苗民、交股民、不死民、穿胸民、反舌民、豕喙民、鑿齒民、三頭民、修臂民;自東南至東北方,有大人國、君子國、黑齒民、玄股民、毛民、勞民;自東北至西北方,有跂踵民、句嬰民、深目民、無腸民、柔利民、一目民、無繼民。雒棠、武人在西北陬,蛖龍魚在其南,有神二人連臂為帝候夜,在其西南方,三珠樹在其東北方,有玉樹在赤水之上。昆侖、華丘在其東南方,爰有遺玉,青馬、視肉、楊桃、甘樝、甘華,百果所生。和丘在其東北陬,三桑、無枝在其西,誇父、耽耳在其北方。誇父棄其策,是為鄧林。昆吾丘在南方,軒轅丘在西方,巫鹹在其北方,立登保之山,暘谷、榑桑在東方,有娀在不周之北,長女簡翟,少女建疵。西王母在流沙之瀕,樂民、拏閭,在昆侖弱水之洲。
新字:凡海外三十五国,自西北至西南方,有修股民、天民、粛慎民、白民、沃民、女子民、丈夫民、奇股民、一臂民、三身民;自西南至東南方,結胸民、羽民、歓頭国民、裸国民、三苗民、交股民、不死民、穿胸民、反舌民、豕喙民、鑿歯民、三頭民、修臂民;自東南至東北方,有大人国、君子国、黒歯民、玄股民、毛民、労民;自東北至西北方,有跂踵民、句嬰民、深目民、無腸民、柔利民、一目民、無継民。雒棠、武人在西北陬,蛖竜魚在其南,有神二人連臂為帝候夜,在其西南方,三珠樹在其東北方,有玉樹在赤水之上。昆侖、華丘在其東南方,爰有遺玉,青馬、視肉、楊桃、甘樝、甘華,百果所生。和丘在其東北陬,三桑、無枝在其西,誇父、耽耳在其北方。誇父棄其策,是為鄧林。昆吾丘在南方,軒轅丘在西方,巫鹹在其北方,立登保之山,暘谷、榑桑在東方,有娀在不周之北,長女簡翟,少女建疵。西王母在流沙之瀕,楽民、拏閭,在昆侖弱水之洲。
書き下し
凡そ海外三十五國、西北より西南方に至るに、修股民・天民・肅慎民・白民・沃民・女子民・丈夫民・奇股民・一臂民・三身民有り。西南より東南方に至るに、結胸民・羽民・歡頭國民・裸國民・三苗民・交股民・不死民・穿胸民・反舌民・豕喙民・鑿齒民・三頭民・修臂民あり。東南より東北方に至るに、大人國・君子國・黑齒民・玄股民・毛民・勞民有り。東北より西北方に至るに、跂踵民・句嬰民・深目民・無腸民・柔利民・一目民・無繼民有り。雒棠・武人は西北の陬に在り、蛖龍魚は其の南に在り。神二人有り臂を連ねて帝の為に夜を候うは、其の西南方に在り。三珠樹は其の東北方に在り。玉樹有り赤水の上に在り。昆侖・華丘は其の東南方に在り。爰に遺玉、青馬、視肉、楊桃、甘樝、甘華有り、百果の生ずる所なり。和丘は其の東北の陬に在り。三桑・無枝は其の西に在り。誇父・耽耳は其の北方に在り。誇父其の策を棄つ、是を鄧林と為す。昆吾丘は南方に在り、軒轅丘は西方に在り、巫鹹は其の北方に在り、登保の山を立つ。暘谷・榑桑は東方に在り。有娀は不周の北に在り、長女を簡翟、少女を建疵と曰う。西王母は流沙の瀕に在り。樂民・拏閭は、昆侖弱水の洲に在り。
現代語訳
海の外には三十五の国がある。西北から西南にかけて、脚の長い民・天民・粛慎の民・白い民・沃の民・女だけの民・男だけの民・片脚の民・一本腕の民・三つの体の民がある。西南から東南にかけて、胸の結ばれた民・羽の民・歓頭国の民・裸の国の民・三苗の民・脚の交わった民・死なない民・胸に穴の空いた民・舌の反った民・豚の口の民・歯を削る民・三つ頭の民・長い腕の民がある。東南から東北にかけて、大人の国・君子の国・黒い歯の民・黒い股の民・毛深い民・労の民がある。東北から西北にかけて、爪先立ちの民・句嬰の民・目の深い民・腸のない民・柔らかい民・一つ目の民・跡継ぎのない民がある。雒棠と武人は西北の隅にあり、蛖龍魚はその南にある。二人の神が腕を連ねて帝のために夜を見張るのは、その西南にある。三珠樹はその東北にある。玉樹があって赤水のほとりにある。崑崙と華丘はその東南にある。そこには遺玉、青馬、視肉、楊桃、甘樝、甘華があり、あらゆる果実の生じるところである。和丘はその東北の隅にある。三桑と無枝はその西にある。夸父と耽耳はその北にある。夸父が杖を捨てた、それが鄧林である。昆吾丘は南にあり、軒轅丘は西にあり、巫咸はその北にあって、登保の山を立てる。暘谷と榑桑は東にある。有娀は不周の北にあり、長女を簡翟、次女を建疵という。西王母は流砂のほとりにある。楽民と拏閭は、崑崙の弱水の中州にある。
解説
この章句が説くこと
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