淮南子 / 俶真訓
夫夏日之不被裘者,非愛之也,燠有餘於身也。冬日之不用翣者,非簡之也,清有餘於適也。夫聖人量腹而食,度形而衣,節於己而已,貪污之心奚由生哉!故能有天下者,必無以天下為也;能有名譽者,必無以趨行求者也。聖人有所于達,達則嗜欲之心外矣;孔、墨之弟子,皆以仁義之術教導於世,然而不免於儡。身猶不能行也,又況所教乎?是何則?其道外也。夫以末求返於本,許由不能行也,又況齊民乎!誠達于性命之情,而仁義固附矣,趨舍何足以滑心!
新字:夫夏日之不被裘者,非愛之也,燠有余於身也。冬日之不用翣者,非簡之也,清有余於適也。夫聖人量腹而食,度形而衣,節於己而已,貪污之心奚由生哉!故能有天下者,必無以天下為也;能有名誉者,必無以趨行求者也。聖人有所于達,達則嗜欲之心外矣;孔、墨之弟子,皆以仁義之術教導於世,然而不免於儡。身猶不能行也,又況所教乎?是何則?其道外也。夫以末求返於本,許由不能行也,又況斉民乎!誠達于性命之情,而仁義固附矣,趨舎何足以滑心!
書き下し
夫れ夏日の裘を被ざるは、之を愛しむに非ざるなり、燠身に餘り有ればなり。冬日の翣を用いざるは、之を簡んずるに非ざるなり、清適に餘り有ればなり。夫れ聖人は腹を量りて食らい、形を度りて衣、己に節するのみ。貪污の心奚に由りて生ぜんや。故に能く天下を有つ者は、必ず天下を以て為すこと無きなり。能く名譽を有つ者は、必ず趨行を以て求むる者無きなり。聖人は達する所有り、達すれば則ち嗜欲の心外れん。孔・墨の弟子は、皆な仁義の術を以て世に教導す。然り而して儡を免れず。身すら猶お行う能わざるなり、又た況んや教うる所をや。是れ何ぞや。其の道外なればなり。夫れ末を以て本に返るを求むるは、許由も行う能わざるなり、又た況んや齊民をや。誠に性命の情に達すれば、而して仁義固より附す。趨舍何ぞ以て心を滑すに足らんや。
現代語訳
そもそも夏の日に皮衣を着ないのは、それを惜しむからではない。暑さが身に余っているからである。冬の日に扇を使わないのは、それを軽んじるからではない。涼しさが十分にあるからである。聖人は腹の具合を量って食べ、体に合わせて着て、自分で加減するだけである。貪り汚す心がどこから生まれよう。だから天下を持てる者は、必ず天下をこしらえようとしない。名誉を持てる者は、必ず振る舞いによって求めようとしない。聖人には通じているところがあり、通じていれば欲の心は外れる。孔子や墨子の弟子は、みな仁義の術で世を教え導いた。それでも疲れ果てるのを免れなかった。自分すら行えないのに、まして教えることはなおさらだ。これはなぜか。その道が外にあるからである。末によって本に返ろうとするのは、許由でもできない。まして並の人ならなおさらだ。まことに性命の実情に通じれば、仁義はもとから付いてくる。進退の選択が、どうして心を乱せよう。
解説
この章句が説くこと
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論語・述而篇子は語らず、怪・力・乱・神。
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