荀子 / 礼論篇
故尊之尚玄酒也,俎之尚生魚也,豆之先大羹也,一也。
書き下し
故に尊の玄酒を尚ぶや、俎の生魚を尚ぶや、豆の大羹を先にするや、一なり。
現代語訳
だから、酒器では水を最上とし、まな板では生の魚を上位に置き、高坏では味のない吸い物をまっ先に供える。これらはみな、同じ一つの趣旨によるものである。
解説
短い一段ですが、これまでに挙げてきた三つの例を並べ直し、それらが別々の慣習ではなく同じ一つの原理から出ていることを確認しています。酒器の水、まな板の生魚、高坏の素の吸い物。器も場面も違うのに、どれも加工や味つけを施す前のものを上位に据えるという点で共通しています。荀子はこの一なりという言葉を、このあとの段でも繰り返し用いて、ばらばらに見える儀礼の作法を一本の筋に貫いていきます。細かな決まりごとを丸暗記するのではなく、その背後にある一つの考え方をつかめ、という姿勢です。私たちが職場のルールや業界の慣行に触れるときも同じで、個々の手順を覚えるより、なぜそうするのかという共通の原理を一つ見つけたほうが、応用も判断もはるかに速くなります。