師導古典を学びたいすべての人に

淮南子 / 俶真訓

夫水嚮冬則凝而為冰,冰迎春則泮而為水,冰水移易于前後,若周員而趨,孰暇知其所苦樂乎!是故形傷于寒暑燥溼之虐者,形苑而神壯;神傷乎喜怒思慮之患者,神盡而形有餘。故罷馬之死也,剝之若槁;狡狗之死也,割之猶濡。是故傷死者其鬼嬈,時既者其神漠。是皆不得形神俱沒也。夫聖人用心,杖性依神,相扶而得終始,是故其寐不夢,其覺不憂。

新字:夫水嚮冬則凝而為冰,冰迎春則泮而為水,冰水移易于前後,若周員而趨,孰暇知其所苦楽乎!是故形傷于寒暑燥溼之虐者,形苑而神壮;神傷乎喜怒思慮之患者,神尽而形有余。故罷馬之死也,剝之若槁;狡狗之死也,割之猶濡。是故傷死者其鬼嬈,時既者其神漠。是皆不得形神倶没也。夫聖人用心,杖性依神,相扶而得終始,是故其寐不夢,其覚不憂。

書き下し

夫れ水は冬に嚮かえば則ち凝りて冰と為り、冰は春を迎うれば則ち泮けて水と為る。冰水前後に移易し、周員して趨るが若し。孰か其の苦樂する所を知るに暇あらんや。是の故に形の寒暑燥溼の虐に傷らるる者は、形苑みて神壯んなり。神の喜怒思慮の患に傷らるる者は、神盡きて形餘り有り。故に罷馬の死するや、之を剝げば槁の若し。狡狗の死するや、之を割けば猶お濡えり。是の故に傷死する者は其の鬼嬈れ、時既くる者は其の神漠かなり。是れ皆な形神俱に沒するを得ざるなり。夫れ聖人の心を用うるや、性に杖り神に依り、相い扶けて終始を得。是の故に其の寐ぬるや夢みず、其の覺むるや憂えず。

現代語訳

そもそも水は冬に向かえば凝って氷となり、氷は春を迎えれば解けて水となる。氷と水は前後に入れ替わり、まるくめぐって走るようである。誰がその苦楽を知る暇があろう。だから体が寒暑や乾湿の苛烈さに傷つけられた者は、体が萎えて神は盛んである。神が喜怒や思い煩いの患いに傷つけられた者は、神が尽きて体が余っている。だから疲れきった馬が死ぬと、皮を剥げば乾いている。すばしこい犬が死ぬと、割けばまだ濡れている。だから傷ついて死んだ者はその魂が乱れ、寿命が尽きた者はその神は静かである。これはみな、体と神がともに終われなかったということである。そもそも聖人の心の用い方は、本性によりかかり神に依って、互いに助け合って初めと終わりを得る。だから眠っても夢を見ず、覚めても憂えない。

解説

体と神のどちらが先に尽きるか、という見方で死を分類した段です。体が傷んだ人は神が余り、神が傷んだ人は体が余る。死んだ馬と犬の対比が、それを目に見える形で置きます。「罷馬の死するや、之を剝げば槁の若し。狡狗の死するや、之を割けば猶お濡えり」。使い切って死んだのか、まだ残して死んだのか。理想は片方だけが尽きることではありませんでした。「是れ皆な形神俱に沒するを得ざるなり」。両方そろって終わることが目標に置かれています。

この章句が説くこと

水は冬に嚮かえば則ち凝りて冰と為り冰は春を迎うれば則ち泮けて水と為る形の寒暑燥溼の虐に傷らるる者は形苑みて神壮んなり罷馬の死するや之を剝げば槁の若し狡狗の死するや之を割けば猶お濡えり其の寐ぬるや夢みず其の覚むるや憂えず形神消耗

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる