淮南子 / 俶真訓
夫大塊載我以形,勞我以生,逸我以老,休我以死。善我生者,乃所以善我死也。夫藏舟於壑,藏山於澤,人謂之固矣。雖然,夜半有力者負而趨,寐者不知,猶有所遁。若藏天下於天下,則無所遁其形矣。物豈可謂無大揚攉乎?一範人之形而猶喜。若人者,千變萬化而未始有極也。弊而復新,其為樂也,可勝計邪!譬若夢為鳥而飛於天,夢為魚而沒於淵,方其夢也,不知其夢也,覺而後知其夢也。今將有大覺,然後知今此之為大夢也。始吾未生之時,焉知生之樂也?今吾未死,又焉知死之不樂也?昔公牛哀轉病也,七日化為虎。其兄掩戶而入覘之,則虎搏而殺之。是故文章成獸,爪牙移易,志與心變,神與形化。方其為虎也,不知其嘗為人也;方其為人,不知其且為虎也。二者代謝舛馳,各樂其成形。狡猾鈍惛,是非無端,孰知其所萌!
新字:夫大塊載我以形,労我以生,逸我以老,休我以死。善我生者,乃所以善我死也。夫蔵舟於壑,蔵山於沢,人謂之固矣。雖然,夜半有力者負而趨,寐者不知,猶有所遁。若蔵天下於天下,則無所遁其形矣。物豈可謂無大揚攉乎?一範人之形而猶喜。若人者,千変万化而未始有極也。弊而復新,其為楽也,可勝計邪!譬若夢為鳥而飛於天,夢為魚而没於淵,方其夢也,不知其夢也,覚而後知其夢也。今将有大覚,然後知今此之為大夢也。始吾未生之時,焉知生之楽也?今吾未死,又焉知死之不楽也?昔公牛哀転病也,七日化為虎。其兄掩戸而入覘之,則虎搏而殺之。是故文章成獣,爪牙移易,志与心変,神与形化。方其為虎也,不知其嘗為人也;方其為人,不知其且為虎也。二者代謝舛馳,各楽其成形。狡猾鈍惛,是非無端,孰知其所萌!
書き下し
夫れ大塊我を載するに形を以てし、我を勞するに生を以てし、我を逸するに老を以てし、我を休むるに死を以てす。我が生を善くする者は、乃ち我が死を善くする所以なり。夫れ舟を壑に藏し、山を澤に藏すは、人之を固しと謂う。然りと雖も、夜半に力有る者負いて趨れば、寐ぬる者知らず、猶お遁るる所有り。若し天下を天下に藏せば、則ち其の形を遁るる所無し。物豈に大いに揚攉すること無しと謂う可けんや。一たび人の形に範られて猶お喜ぶ。人の若き者は、千變萬化して未だ始めより極まり有らざるなり。弊れて復た新たなり。其の樂を為すや、勝げて計う可けんや。譬えば夢に鳥と為りて天に飛び、夢に魚と為りて淵に沒するが若し。其の夢なるに方りては、其の夢なるを知らず、覺めて後に其の夢なるを知るなり。今將に大覺有らんとす。然る後に今此れの大夢為るを知らん。始め吾未だ生ぜざるの時、焉くんぞ生の樂しみを知らんや。今吾未だ死せず、又た焉くんぞ死の樂しからざるを知らんや。昔公牛哀轉病するや、七日にして化して虎と為る。其の兄戶を掩いて入り之を覘えば、則ち虎搏ちて之を殺す。是の故に文章獸を成し、爪牙移易し、志と心と變じ、神と形と化す。其の虎爲るに方りては、其の嘗て人爲りしを知らず。其の人爲るに方りては、其の且に虎爲らんとするを知らず。二つの者代謝舛馳して、各ミ其の成形を樂しむ。狡猾鈍惛、是非端無し。孰か其の萌す所を知らん。
現代語訳
そもそも大いなる塊は、私を形で載せ、生で労し、老いで安んじ、死で休ませる。私の生をよくするものが、そのまま私の死をよくするものである。舟を谷に隠し、山を沢に隠せば、人はこれを堅固だという。そうではあっても、夜半に力のある者が背負って走れば、寝ている者は気づかず、やはり逃げる余地がある。もし天下を天下に隠せば、その形の逃げようがない。物には大きな見立てがないと言えようか。ひとたび人の形に鋳られただけで喜ぶ。人というものは、千変万化してはじめから極まりがない。壊れてはまた新しくなる。その楽しみは、数え尽くせようか。たとえば夢で鳥になって空を飛び、夢で魚になって淵に沈むようなものだ。夢を見ているあいだは、それが夢だと知らない。覚めてから夢だと知る。いままさに大きな目覚めがあろうとしている。そのあとで、いまのこれが大きな夢だったと知るだろう。まだ生まれていなかったとき、どうして生の楽しみを知っていただろう。いま私はまだ死んでいない。どうして死が楽しくないと知っていよう。昔、公牛哀は病が転じて、七日で虎になった。その兄が戸を覆って入り様子をうかがうと、虎は襲ってこれを殺した。だから毛並みは獣となり、爪と牙は入れ替わり、志と心が変じ、神と形が化した。虎であるときは、かつて人であったことを知らない。人であるときは、これから虎になることを知らない。二つは入れ替わって別々に走り、それぞれ成った形を楽しむ。ずる賢さと鈍さ、是と非に端はない。誰がその芽生えを知ろう。
解説
この章句が説くこと
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