淮南子 / 精神訓
今夫繇者揭钁臿,負籠土,鹽汗交流,喘息薄喉。當此之時,得茠越下,則脫然而喜矣。岩穴之間,非直越下之休也。病疵瘕者,捧心抑腹,膝上叩頭,踡跼而諦,通夕不寐。當此之時,噲然得臥,則親戚兄弟歡然而喜,夫修夜之寧,非直一噲之樂也。故知宇宙之大,則不可劫以死生;知養生之和,則不可縣以天下;知未生之樂,則不可畏以死;知許由之貴於舜,則不貪物。牆之立,不若其偃也,又況不為牆乎!冰之凝,不若其釋也,又況不為冰乎!自無蹠有,自有蹠無,終始無端,莫知其所萌,非通於外內,孰能無好憎?無外之外,至大也;無內之內,至貴也;能知大貴,何往而不遂!
新字:今夫繇者掲钁臿,負籠土,塩汗交流,喘息薄喉。当此之時,得茠越下,則脫然而喜矣。岩穴之間,非直越下之休也。病疵瘕者,捧心抑腹,膝上叩頭,踡跼而諦,通夕不寐。当此之時,噲然得臥,則親戚兄弟歓然而喜,夫修夜之寧,非直一噲之楽也。故知宇宙之大,則不可劫以死生;知養生之和,則不可県以天下;知未生之楽,則不可畏以死;知許由之貴於舜,則不貪物。牆之立,不若其偃也,又況不為牆乎!冰之凝,不若其釈也,又況不為冰乎!自無蹠有,自有蹠無,終始無端,莫知其所萌,非通於外内,孰能無好憎?無外之外,至大也;無内之内,至貴也;能知大貴,何往而不遂!
書き下し
今夫れ繇する者は钁臿を揭げ、籠土を負い、鹽汗交々流れ、喘息 喉に薄る。此の時に當たりて、越下に茠うを得れば、則ち脫然として喜ぶ。岩穴の間は、直だ越下の休みのみに非ざるなり。疵瘕を病む者は、心を捧げ腹を抑え、膝上に頭を叩き、踡跼して諦き、夕べを通じて寐ねず。此の時に當たりて、噲然として臥するを得れば、則ち親戚兄弟 歡然として喜ぶ。夫れ修夜の寧きは、直だ一噲の樂しみのみに非ざるなり。故に宇宙の大なるを知れば、則ち劫かすに死生を以てす可からず。養生の和を知れば、則ち縣くるに天下を以てす可からず。未生の樂しみを知れば、則ち畏れしむるに死を以てす可からず。許由の舜より貴きを知れば、則ち物を貪らず。牆の立つは、其の偃るるに若かず、又た況んや牆を為らざるをや。冰の凝るは、其の釋くるに若かず、又た況んや冰を為さざるをや。無より有に蹠き、有より無に蹠く。終始 端無く、其の萌す所を知る莫し。外內に通ずるに非ずんば、孰か能く好憎無からんや。外無きの外は、至って大なり。內無きの內は、至って貴し。能く大貴を知らば、何くに往くとして遂げざらん。
現代語訳
いま労役に出る者は鍬とすきをかつぎ、もっこの土を背負い、汗が塩を吹いて流れ、あえぎが喉に迫る。そのとき木陰で休むことができれば、ほっとして喜ぶ。岩穴の中の暮らしは、ただの木陰の休みどころではない。腹にしこりを病む者は、胸を押さえ腹を押さえ、膝の上に頭を打ちつけ、体を丸めてうめき、一晩じゅう眠れない。そのときぐっすり眠ることができれば、親戚も兄弟も喜ぶ。長い夜の安らぎは、ただ一息の楽しみではない。だから宇宙の大きさを知れば、生死で脅すことはできない。養生の和らぎを知れば、天下で釣ることはできない。生まれる前の楽しみを知れば、死で怖がらせることはできない。許由が舜より貴いと知れば、物をむさぼらない。垣が立っているのは、倒れているのに及ばない。まして垣を作らないのはなおさらだ。氷が凍っているのは、解けるのに及ばない。まして氷にならないのはなおさらだ。無から有へ踏み出し、有から無へ踏み出す。終わりも始まりも端がなく、どこから兆したかを知る者はない。外と内に通じているのでなければ、誰が好き嫌いを無くせよう。外のない外は、至って大きい。内のない内は、至って貴い。大と貴を知ることができれば、どこへ行っても達しないことはない。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』精神訓今夫れ窮鄙の社や、盆を叩き瓴を拊ち、相い和して歌い、自ら以て樂しと為す。嘗試みに之が為に建鼓を擊ち、巨鐘を撞けば、乃ち性 仍仍然として、其の盆瓴の羞ずるに足るを知る。『詩』『書』を藏し、文學を修めて、至論の旨を知らざれば、則ち盆を拊ち瓴を叩くの徒なり。夫れ天下を以て為す者は、學の建鼓なり。尊勢厚利は、人の貪る所なり。之をして左に天下の圖を據え、右手に其の喉を刎ねしむれば、愚夫も為さず。此に由りて之を觀れば、生は天下より尊きなり。聖人は食は以て氣に接するに足り、衣は以て形を蓋うに足り、情に適いて餘を求めず。天下無きも其の性を虧かず、天下有るも其の和を羨とせず。天下有るも、天下無きも、一實なり。今 人に敖倉を贛り、人に河水を予え、饑えて之を餐い、渴して之を飲むも、其の腹に入る者は簞食瓢漿に過ぎず。則ち身は飽きて敖倉は之が為に減ぜざるなり。腹は滿ちて河水は之が為に竭きざるなり。之有るも飽を加えず、之無きも之が為に饑えず。其の篅𥫱を守り、其の井を有つと、一實なり。人 大いに怒れば陰を破り、大いに喜べば陽を墜し、大いに憂うれば內崩れ、大いに怖るれば狂を生ず。穢を除き累を去るは、未だ始めより其の宗を出でざるに若くは莫し。乃ち大通と為す。目を清くして以て視ず、耳を靜かにして以て聽かず、口を鉗して以て言わず、心を委ねて以て慮らず。聰明を棄てて太素に反り、精神を休めて知故を棄て、覺めて昧きが若く、生きて死せるが若し。終われば則ち未生の時に本づき反りて、化と一體と為る。死の生と、一體なり。
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『淮南子』精神訓夫れ人の其の壽命を終うる能わずして、中道に刑戮に夭する所以の者は、何ぞや。其の生を生とすること厚きを以てなり。夫れ惟だ能く生を以て為すこと無き者のみ、則ち生を修め得る所以なり。夫れ天地は運りて相い通じ、萬物は總べて一と為る。能く一を知れば、則ち一として知らざる無し。一を知る能わざれば、則ち一として能く知る無し。譬えば吾の天下に處るや、亦た一物為るのみ。識らず、天下の我を以て其の物を備うるか、且た惟だ我無くして物 備わらざる無き者か。然らば則ち我も亦た物なり、物も亦た物なり。物の物と、又た何を以てか相い物とせんや。然りと雖も、其の我を生ずるや、將に以て何をか益さんとする。其の我を殺すや、將に以て何をか損せんとする。夫れ造化なる者 既に我を以て坯と為せり、將に之に違う所無からんとす。吾 安んぞ夫の刺灸して生を欲する者の惑いに非ざるを知らんや。又た安んぞ夫の絞經して死を求むる者の福に非ざるを知らんや。或いは生は乃ち徭役にして、死は乃ち休息なるか。天下茫茫、孰か之を知らんや。
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『淮南子』精神訓其の我を生ずるや強いて已むるを求めず、其の我を殺すや強いて止むるを求めず。生を欲して事とせず、死を憎みて辭せず、之を賤しみて憎まず、之を貴びて喜ばず、其の天資に隨いて之に安んじて極めず。吾が生や七尺の形有り、吾が死や一棺の土有り。吾が生の有形の類に比するは、猶お吾が死の無形の中に淪むがごときなり。然らば則ち吾が生や物 以て眾きを益さず、吾が死や土 以て厚きを加えず。吾 又た安んぞ喜憎利害の其の間なる者を知らんや。夫れ造化なる者の物を攫援するや、譬えば猶お陶人の埴を埏るがごとし。其の之を地に取りて已に盆盎と為るも、其の未だ地を離れざるとに以て異なる無し。其の已に器と成りて破碎漫瀾して復た其の故に歸するも、其の盆盎為ると亦た以て異なる無し。夫れ江に臨むの鄉、居人 水を汲みて以て其の園に浸すも、江水 憎まざるなり。苦洿の家、洿を決して之を江に注ぐも、洿水 樂しまざるなり。是の故に其の江に在るや、以て其の園に浸すに異なる無く、其の洿に在るや、亦た以て其の江に在るに異なる無し。是の故に聖人は時に因りて以て其の位に安んじ、世に當たりて其の業を樂しむ。
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『淮南子』精神訓夫れ悲樂なる者は、德の邪なり。而して喜怒なる者は、道の過ちなり。好憎なる者は、心の暴なり。故に曰く、其の生や天行、其の死や物化、と。靜かなれば則ち陰と俱に閉じ、動けば則ち陽と俱に開く。精神 澹然として極まり無く、物と與に散ぜずして、天下自ら服す。故に心なる者は、形の主なり。而して神なる者は、心の寶なり。形 勞して休まざれば則ち蹶き、精 用いて已まざれば則ち竭く。是の故に聖人は貴びて之を尊び、敢えて越えざるなり。夫れ夏後氏の璜有る者は、匣匱して之を藏む、寶の至れるなり。夫れ精神の寶とす可きや、直だ夏後氏の璜のみに非ざるなり。是の故に聖人は無を以て有に應じ、必ず其の理を究め、虛を以て實を受け、必ず其の節を窮む。恬愉虛靜にして、以て其の命を終う。是の故に甚だ疏んずる所無くして、甚だ親しむ所無し。德を抱き和を煬め、以て天に順う。道と際を為し、德と鄰を為し、福の始めと為らず、禍の先と為らず。魂魄 其の宅に處りて、精神 其の根を守り、死生 己に變ずる無し。故に至神と曰う。所謂 真人なる者なり、性 道に合するなり。故に有りて無きが若く、實ちて虛しきが若く、其の一に處りて其の二を知らず、其の內を治めて其の外を識らず。太素を明白にし、無為にして樸に復り、本を體し神を抱き、以て天地の樊に游ぶ。芒然として塵垢の外に仿佯し、無事の業に消搖す。浩浩蕩蕩乎として、機械の巧 心に載せられず。是の故に死生も亦た大なり、而も為に變ぜず。天地 覆育すと雖も、亦た之と摟抱せざるなり。
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『淮南子』精神訓瑕無きを審らかにして、物と糅わらず、事の亂るるを見て、能く其の宗を守る。此くのごとき者は、肝膽を正し、耳目を遺れ、心志 內に專らにして、通達して一に耦す。居りては為す所を知らず、行きては之く所を知らず。渾然として往き、逯然として來たる。形は槁木の若く、心は死灰の若し。其の五藏を忘れ、其の形骸を損す。學ばずして知り、視ずして見え、為さずして成り、治めずして辯ず。感じて應じ、迫られて動き、已むを得ずして往くこと、光の耀くが如く、景の放つが如し。道を以て紃と為し、待つ有りて然り。其の太清の本を抱きて、容與する所無く、而して物 能く營む無し。廓惝として虛しく、清靖にして思慮無し。大澤 焚けども熱する能わず、河・漢 涸るるも寒からしむる能わざるなり。大雷 山を毀つも驚かす能わざるなり。大風 日を晦ますも傷なう能わざるなり。是の故に珍寶珠玉を視ること、猶お石礫のごとし。至尊窮寵を視ること、猶お行客のごとし。毛嬙・西施を視ること、猶お䫏醜のごとし。死生を以て一化と為し、萬物を以て一方と為し、精を太清の本に同じくして、忽區の旁らに游ぶ。精有れども使わず、神有れども行わず、大渾の樸に契りて、至清の中に立つ。是の故に其の寢ぬるや夢みず、其の智 萌さず、其の魄 抑えられず、其の魂 騰がらず。終始を反覆して、其の端緒を知らず、太宵の宅に甘暝して、昭昭の宇に覺視し、無委曲の隅に休息して、無形埒の野に游敖す。
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『淮南子』精神訓且つ人に形を戒めて心に損ずる無き有り、宅を綴ぎて精を耗する無き有り。夫れ癩者も趨ること變わらず、狂者も形 虧けず。神 將に遠く徙る所有らんとすれば、孰か其の為す所を知るに暇あらん。故に形に摩する有りて神は未だ嘗て化せざる者は、化せざるを以て化に應ずればなり。千變萬化して、未だ始めより極まり有らず。化する者は、無形に復歸するなり。化せざる者は、天地と俱に生ずるなり。夫れ木の死するや、青青 之を去るなり。夫れ木を生ぜしむる者は豈に木ならんや。猶お形を充たす者の形に非ざるがごとし。故に生を生ずる者は未だ嘗て死せざるなり、其の生ずる所は則ち死せり。物を化する者は未だ嘗て化せざるなり、其の化する所は則ち化せり。天下を輕んずれば、則ち神に累無し。萬物を細とすれば、則ち心 惑わず。死生を齊しくすれば、則ち志 懾れず。變化を同じくすれば、則ち明 眩まず。眾人 以て虛言と為すも、吾 將に類を舉げて之を實にせんとす。