長短経 / 蛇勢
故孫子曰、“善用兵者、譬如率然、率然者、常山之蛇。擊其頭則尾至、擊其尾則首至、擊其中則首尾俱至。”或曰、“敢問可使如率然乎?”孫子曰、“可矣。夫吳人之與越人相惡、當其同舟而濟、則救如左右手。是故、放馬埋輪、不足恃也、齊勇若一、政之道也。”此之謂矣。
新字:故孫子曰、“善用兵者、譬如率然、率然者、常山之蛇。撃其頭則尾至、撃其尾則首至、撃其中則首尾倶至。”或曰、“敢問可使如率然乎?”孫子曰、“可矣。夫呉人之与越人相悪、当其同舟而済、則救如左右手。是故、放馬埋輪、不足恃也、斉勇若一、政之道也。”此之謂矣。
書き下し
故に孫子曰く「善く兵を用うる者は、譬えば率然の如し。率然なる者は、常山の蛇なり。其の頭を撃てば則ち尾至り、其の尾を撃てば則ち首至り、其の中を撃てば則ち首尾俱に至る」と。或るひと曰く「敢えて問う、率然の如くならしむべきか」と。孫子曰く「可なり。夫れ呉人と越人と相悪むも、其の舟を同じくして済るに当たりては、則ち救うこと左右の手の如し。是の故に、馬を放ち輪を埋むるも、恃むに足らず。勇を斉えて一の若くするは、政の道なり」と。此の謂いなり。
現代語訳
だから孫子は言う。「兵を用いるのが上手な者は、率然のようなものだ。率然とは常山の蛇である。その頭を撃てば尾が助けに来て、尾を撃てば頭が助けに来て、胴を撃てば頭と尾が一緒に助けに来る」。ある人が「軍を率然のようにできるでしょうか」と問うと、孫子は言った。「できる。呉の人と越の人は憎み合っているが、同じ舟で川を渡るときには、左右の手のように助け合う。だから馬をつなぎ車輪を埋めて逃げられないようにしても、それだけでは頼りにならない。兵の勇気をそろえて一つにするのが、統率の道である」。このことである。
解説
常山の蛇は、頭を撃てば尾が、尾を撃てば頭が、胴を撃てば両方が助けに来る。孫子は、軍をこの蛇のように一体にできると言います。憎み合う呉と越の人でも、同じ舟に乗れば左右の手のように助け合う。ただし、馬をつなぎ車輪を埋めて逃げられなくするだけでは足りない。本当に大切なのは、全員の勇気を一つにそろえる統率だ。共通の危機は結束を生むが、それを持続させるのはリーダーの仕事なのです。
この章句が説くこと
蛇勢孫子常山の蛇呉越同舟一体感統率
関連する章句
-
『長短経』蛇勢語に曰く「兵を散地に投ずれば、則ち六親も相保つこと能わず。舟を同じくして済れば、胡越も何ぞ心を異にすることを患えん」と。孫子曰く「善く兵を用うる者は、譬えば率然の如し」と。何を以て之を明らかにせん。漢の宣帝の時、先零寇を為す。帝、趙充国に命じて之を征せしむ。兵を引きて先零の所在に至る。虜久しく屯聚し、解弛す。大軍を望見し、車重を棄てて、湟水を渡らんと欲す。道阨狭なり。充国徐ろに行きて之を駆る。或るひと曰く「利を逐うに行くこと遅し」と。充国曰く「此れ窮寇なり、迫るべからず。之を緩くすれば、則ち走りて顧みず。之を急にすれば、則ち還りて死を致さん」と。諸将校皆曰く「善し」と。虜果たして水に赴き、溺死する者数百。是に於て之を破る。
-
孫子・九地篇故に善く兵を用うる者は、譬えば率然の如し。率然とは常山の蛇なり。其の首を撃てば則ち尾至り、其の尾を撃てば則ち首至り、其の中を撃てば則ち首尾俱に至る。
-
孫子・九地篇敢えて問う、兵をして率然の如くならしむべきか。曰く、可なり。夫れ呉人と越人とは相悪むも、其の舟を同じくして済るに当たり、風に遇わば、其の相救うや左右の手の如し。
-
『長短経』蛇勢袁尚既に敗れ、遂に遼東に奔る。衆数千有り。初め、遼東太守公孫康、遠きを恃みて服せず。曹公既に烏丸を破る。或るひと公に説く「遂に之を征せば、尚兄弟擒にすべし」と。公曰く「吾方に康をして尚・熙の首を斬り送らしめん。兵を煩わさず」と。公兵を引きて還る。康果たして尚・熙を斬り送り、其の首を伝う。諸将或いは問いて曰く「公還りて康尚・熙を斬るは、何ぞや」と。公曰く「彼素より尚・熙を畏る。其れ之を急にすれば、則ち力を并せ、之を緩くすれば、則ち自ら相図る。其の勢い然るなり」と。
-
『長短経』将体危うき者は之を安んじ、懼るる者は之を懽ばせ、叛く者は之を還し〔将に合わずして去る者有らば、慰誘して之を還す。蕭何の韓信を追うが若し〕、冤なる者は之を原し、訴うる者は之を察し、卑しき者は之を貴び〔士卒の卑賤なる者の若きは、之を貴ぶ。昔、呉起の下りて士卒と衣食を同じくせしは是れなり〕、強き者は之を抑え、敵する者は之を残い〔卑中に賤有りて、貴に敵する者は、上下の礼を乱す。之を残殺す〕、貪る者は之を豊かにし〔賞を懸けて以て其の心を豊かにす。貪を使う所以なり〕、欲する者は之を使い〔敵に臨みて将に戦わんとするに、功名を立てんと欲する有り、敵人を利せんと欲する有り。皆許して之を使う。所謂勇を使い貪を使うなり〕、畏るる者は之を隠し〔士卒に畏懼する所有る者は、後に隠蔽し、軍鋒と為さしむること勿かれ。軍の敗るるは鋒の怯なるに由る〕、謀る者は之に近づき、讒する者は之を覆し〔讒闘する者有らば、之を覆亡す〕、毀るる者は之を復し〔官職に毀廃する者有らば、則ち修めて之を復す〕、反する者は之を廃し、横なる者は之を挫き、服する者は之を活かし〔首めて罪に服する者は、之を活かす〕、降る者は之を説ばす〔説は、含〕。
-
『長短経』道徳夫れ兵に出だすべからざる者三あり。国に和せざれば、以て軍を出だすべからず。軍に和せざれば、以て陣を出だすべからず。陣に和せざれば、以て戦いを出だすべからず。故に孫子曰く、一に曰く道。道なる者は、人をして上と意を同じくせしむる者なり。故に之と死すべく、之と生くべくして、人危うきを畏れず。〔危は、疑なり。主上素より仁を下に施すこと有れば、則ち士は能く前に致して敵に赴き、故に与に存亡の難に処りて、傾危の敗を畏れざるを言う。晋陽の囲み、竈を沈めて蛙を生ずるも、民に叛疑無きが若きなり。〕