長短経 / 料敵
故曰、敵近而静者、恃其險也、敵逺而挑人者、欲人之進也、衆樹動者、來也、衆草多障者、疑也〔稠草中多障蔽者、必逃去、恐吾追及、多作障蔽、使吾疑其間有伏兵也。、〕鳥起者、伏也〔凡軍上氣渾渾圓長、赤氣在其中、或有氣如赤杵在黒雲中、皆主有伏兵。或兩軍相當、有赤氣在軍前後左右者、有伏兵、隨氣所在防之。或有雲絞絞綿綿、此以車騎為伏兵。或有雲如布席之狀、此以步卒為伏兵。或有雲如山岳在外、為伏兵、不可不審察也。、〕禽駭者、覆也、塵卑而廣者、徒來也、散而條逺者、薪來也、少而往來者、營軍也〔少、塵少也。〕
新字:故曰、敵近而静者、恃其険也、敵遠而挑人者、欲人之進也、衆樹動者、来也、衆草多障者、疑也〔稠草中多障蔽者、必逃去、恐吾追及、多作障蔽、使吾疑其間有伏兵也。、〕鳥起者、伏也〔凡軍上気渾渾円長、赤気在其中、或有気如赤杵在黒雲中、皆主有伏兵。或両軍相当、有赤気在軍前後左右者、有伏兵、随気所在防之。或有雲絞絞綿綿、此以車騎為伏兵。或有雲如布席之状、此以歩卒為伏兵。或有雲如山岳在外、為伏兵、不可不審察也。、〕禽駭者、覆也、塵卑而広者、徒来也、散而条遠者、薪来也、少而往来者、営軍也〔少、塵少也。〕
書き下し
故に曰く、敵近くして静かなる者は、其の険を恃むなり。敵遠くして人に挑む者は、人の進むを欲するなり。衆樹動く者は、来たるなり。衆草障り多き者は、疑わしむるなり〔稠草の中に障蔽多き者は、必ず逃げ去らんとす。吾が追いて及ばんことを恐れ、多く障蔽を作りて、吾をして其の間に伏兵有るを疑わしむるなり〕。鳥起つ者は、伏なり〔凡そ軍上の気渾渾として円長にして、赤気其の中に在り、或いは気の赤杵の如くして黒雲の中に在る有れば、皆伏兵有るを主る。或いは両軍相当たるに、赤気の軍の前後左右に在る者有らば、伏兵有り。気の在る所に随いて之を防げ。或いは雲の絞絞綿綿たる有らば、此れ車騎を以て伏兵と為す。或いは雲の席を布くの状の如き有らば、此れ歩卒を以て伏兵と為す。或いは雲の山岳の如くして外に在る有らば、伏兵と為す。審らかに察せざるべからざるなり〕。禽駭く者は、覆なり。塵卑くして広き者は、徒来たるなり。散じて条遠き者は、薪来たるなり。少なくして往来する者は、営軍なり〔少は、塵少なきなり〕。
現代語訳
だから言う。敵が近いのに静かなのは、険しい地形を頼みにしているのである。敵が遠いのに挑んでくるのは、こちらを進ませたいのである。多くの木が揺れるのは、敵が来るのである。草むらに障害物が多いのは、疑わせようとしているのである〔茂った草の中に遮るものが多いのは、必ず逃げ去ろうとしている。こちらに追いつかれるのを恐れて遮るものを多く作り、そこに伏兵がいると疑わせる〕。鳥が飛び立つのは、伏兵がいるのである〔軍の上の気が丸く長く渦巻き、中に赤い気がある、あるいは赤い杵のような気が黒雲の中にあれば、どれも伏兵がいる。両軍が向き合うとき、赤い気が軍の前後左右にあれば伏兵がいるので、気のある所に応じて防げ。雲がからまり連なっていれば戦車と騎馬の伏兵、雲が敷物を広げたような形なら歩兵の伏兵、雲が山のように外にあれば伏兵である。よく見極めなければならない〕。獣が驚いて走るのは、奇襲の軍が来るのである。土ぼこりが低く広がるのは、歩兵が来るのである。土ぼこりが散らばって細く遠くまで伸びるのは、薪を集めているのである。土ぼこりが少なく行き来しているのは、陣営を作っているのである〔少とは土ぼこりが少ないこと〕。
解説
この章句が説くこと
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孫子・行軍篇衆樹の動く者は来たるなり。衆草の障多き者は疑わしむるなり。鳥の起つ者は伏なり。獣の駭く者は覆なり。塵の高くして鋭き者は車の来たるなり。卑くして広き者は徒の来たるなり。散じて条達する者は樵采なり。少なくして往来する者は営軍なり。
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