鬼谷子 / 本経陰符七術
散勢法鷙鳥︰散勢者、神之使也。用之必循間而動。威肅內盛、推間而行之、則勢散。夫散勢者、心虛志溢。意衰威失、精神不專、其言外而多變。
新字:散勢法鷙鳥︰散勢者、神之使也。用之必循間而動。威粛内盛、推間而行之、則勢散。夫散勢者、心虚志溢。意衰威失、精神不専、其言外而多変。
書き下し
勢を散ずるは鷙鳥に法る。勢を散ずとは、神の使なり。之を用うるには必ず間に循いて動く。威肅として内に盛んなれば、間を推して之を行う。則ち勢散ず。夫れ勢を散ずる者は、心虛しく志溢る。意衰え威失われ、精神專らならず、其の言は外にして變多し。
現代語訳
勢いを散らすのは猛禽にならう。勢いを散らすとは、神の使いである。これを用いるには、必ず隙に沿って動く。威が厳しく内に盛んであれば、隙を押し広げてこれを行う。そうすれば勢いは散る。そもそも勢いが散っている者は、心が虚しく志が溢れている。意は衰え威は失われ、精神は集中せず、その言葉は外向きで変化が多い。
解説
勢いが散っている人の兆候が具体的です。心が虚しいのに志だけ溢れている、精神が集中していない、そして言葉が外向きで変わりやすい。最後の一つが観察しやすい。話す内容が対外的な話ばかりで、しかも会うたびに変わる人は、内側の勢いが散っています。自分についても使える指標です。自分の言葉が外向きになり、言うことが変わりはじめたら、集中が切れている合図になります。
この章句が説くこと
散勢は鷙鳥に法る必ず間に循いて動く其の言は外にして変多し兆候集中観察
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