長短経 / 水火
〔吾聞兵法、絶水、必逺水。令敵半渡而擊之、利。韓信半渡、軍佯入害地、令龍且擊之、然後決壅水。此所謂、「雜于利而務可伸、雜于害而患可解也。」皆反兵而用兵法。微哉!微哉!〕盧綰佐彭越攻、下梁地十餘城。項羽聞之、謂其大司馬曹咎曰、「謹守城臯、即漢挑戰、慎勿與戰。」漢果挑楚軍、楚軍不出、使人辱之〔孫子曰、亷潔、可辱也。」〕大司馬怒、渡氾〔音凡。〕水卒半渡、漢擊、大破之。此欲戰無附于水勢也。
新字:〔吾聞兵法、絶水、必遠水。令敵半渡而撃之、利。韓信半渡、軍佯入害地、令竜且撃之、然後決壅水。此所謂、「雑于利而務可伸、雑于害而患可解也。」皆反兵而用兵法。微哉!微哉!〕盧綰佐彭越攻、下梁地十余城。項羽聞之、謂其大司馬曹咎曰、「謹守城皋、即漢挑戦、慎勿与戦。」漢果挑楚軍、楚軍不出、使人辱之〔孫子曰、廉潔、可辱也。」〕大司馬怒、渡氾〔音凡。〕水卒半渡、漢撃、大破之。此欲戦無附于水勢也。
書き下し
〔吾兵法を聞く、水を絶てば、必ず水に遠ざかり、敵をして半ば渡らしめて之を撃てば、利あり、と。韓信は半ば渡り、軍佯りて害地に入り、龍且をして之を撃たしめ、然る後に壅水を決す。此れ所謂「利に雑えて務め伸ぶべく、害に雑えて患い解くべし」なり。皆兵を反して兵法を用う。微なるかな、微なるかな。〕盧綰、彭越を佐けて攻め、梁の地十余城を下す。項羽之を聞き、其の大司馬曹咎に謂いて曰く「謹んで成皋を守れ。即し漢戦いを挑むとも、慎みて与に戦うこと勿かれ」と。漢果たして楚の軍に挑む。楚の軍出でず。人をして之を辱めしむ〔孫子曰く、廉潔は、辱むべきなり〕。大司馬怒り、汜〔音は凡〕水を渡る。卒半ば渡る。漢撃ちて、大いに之を破る。此れ戦わんと欲して水に附くの勢いなり。
現代語訳
〔兵法では、川を渡ったら川から離れ、敵を半分渡らせて撃てば有利だと聞く。韓信は自分が半分渡り、軍をわざと不利な地に入れ、龍且に攻めさせてから堰を切った。これがいわゆる「利の中に害を混ぜて考えれば務めを伸ばせ、害の中に利を混ぜて考えれば憂いを解ける」ということである。どれも兵法を逆にして兵法を用いている。微妙なことだ。〕盧綰が彭越を助けて攻め、梁の地の十余りの城を落とした。項羽はこれを聞き、大司馬の曹咎に言った。「成皋を慎重に守れ。もし漢が戦いを挑んできても、決して戦ってはならない」。漢は果たして楚軍に戦いを挑んだが、楚軍は出てこなかった。そこで人に楚軍を罵らせた〔孫子は、清廉潔白な将は辱めることで動かせる、と言う〕。大司馬曹咎は怒り、汜水を渡った。兵が半分渡ったところを漢が撃ち、大いに破った。これが、戦おうとして川に寄り添ったために負けた形勢である。
解説

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