長短経 / 水火
太公曰、「强弩長兵、所以踰水戰。」孫子曰、「水可以絶。」謂灌城也。又曰、「絶水、必逺水〔引敵使渡也。〕客絶水而來、迎之于水内、令敵半渡而擊之、利。欲戰、無附于水而迎客也、謂處水上之軍。」故曰、「以水佐攻者强。」
新字:太公曰、「強弩長兵、所以踰水戦。」孫子曰、「水可以絶。」謂灌城也。又曰、「絶水、必遠水〔引敵使渡也。〕客絶水而来、迎之于水内、令敵半渡而撃之、利。欲戦、無附于水而迎客也、謂処水上之軍。」故曰、「以水佐攻者強。」
書き下し
太公曰く「強弩長兵は、水を踰えて戦う所以なり」と。孫子曰く「水は以て絶つべし」と。城に灌ぐを謂うなり。又た曰く「水を絶てば、必ず水に遠ざかれ〔敵を引きて渡らしむるなり〕。客水を絶ちて来たらば、之を水の内に迎え、敵をして半ば渡らしめて之を撃てば、利あり。戦わんと欲せば、水に附きて客を迎うること無かれ。水上に処るの軍を謂う」と。故に曰く「水を以て攻を佐くる者は強し」と。
現代語訳
太公望は「強い弩と長い武器は、川を越えて戦うためのものである」と言った。孫子は「水は敵を断ち切ることができる」と言った。城に水を注ぐことをいう。また言う。「川を渡ったら、必ず川から離れよ〔敵を誘って渡らせるためである〕。敵が川を渡って来たら、水の中で迎え撃ち、敵を半分渡らせたところで撃てば有利である。戦おうとするなら、川に寄り添って敵を迎えてはならない。これが川のほとりに陣取る軍の法である」。だから「水で攻撃を助ける者は強い」と言う。
解説
水攻めと渡河戦の原則が示されます。水は城を沈め、敵を分断することができる。川を挟んだ戦いでは、自分は川から離れて陣を敷き、敵が渡ってくるのを待つ。敵の半分が渡り、半分がまだ水の中にいるところを撃つ。渡りきった兵は少なく、渡っていない兵は助けに来られない。相手が移行の途中にある、最も無防備な瞬間を狙うのです。組織の再編中や新規参入の途中も、同じように脆い瞬間になります。
この章句が説くこと
水火孫子半渡移行期弱点タイミング
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