長短経 / 地形
入人難反之地深、倍城邑多者、為重地〔逺去已城郭深入敵地、專心意、故謂之重地。故《經》曰、“重地、吾將繼其食也”。〕行山林、險阻、沮澤、凡難行之道者、為汜地〔汜、浸洳之地。故《經》曰、“汜地、我將進其途也。〕所由入者隘、所從歸者迂、彼寡可以擊吾衆者、為圍地〔所欲從入阨險、欲歸道逺也、持乆則粮乏、故敵可以少擊吾衆者。為圍地故《經》曰、“圍地、吾將塞其闕也”。〕
新字:入人難反之地深、倍城邑多者、為重地〔遠去已城郭深入敵地、専心意、故謂之重地。故《経》曰、“重地、吾将継其食也”。〕行山林、険阻、沮沢、凡難行之道者、為汜地〔汜、浸洳之地。故《経》曰、“汜地、我将進其途也。〕所由入者隘、所従帰者迂、彼寡可以撃吾衆者、為囲地〔所欲従入阨険、欲帰道遠也、持久則粮乏、故敵可以少撃吾衆者。為囲地故《経》曰、“囲地、吾将塞其闕也”。〕
書き下し
人の反り難きの地に入ること深く、城邑に倍くこと多き者を、重地と為す〔遠く己が城郭を去りて深く敵地に入れば、心意を専らにす。故に之を重地と謂う。故に経に曰く、重地は、吾将に其の食を継がんとす、と〕。山林・険阻・沮沢を行き、凡そ行き難きの道なる者を、汜地と為す〔汜は、浸洳の地なり。故に経に曰く、汜地は、我将に其の途を進めんとす、と〕。由りて入る所の者隘く、従りて帰る所の者迂にして、彼寡にして以て吾が衆を撃つべき者を、囲地と為す〔入らんと欲する所は阨険、帰らんと欲する道は遠きなり。久しきを持すれば則ち糧乏し。故に敵は少を以て吾が衆を撃つべき者なり。囲地と為す。故に経に曰く、囲地は、吾将に其の闕を塞がんとす、と〕。
現代語訳
敵の地に深く入って帰りにくく、背にした敵の城や町が多いのを重地という〔自国の城から遠く離れて深く敵地に入れば、兵の心は一つになる。だから重地という。だから兵法書に、重地では食糧を補給し続ける、とある〕。山林、険しい地、沼地など、およそ進みにくい道を汜地という〔汜とはぬかるんだ地である。だから兵法書に、汜地では道を急いで進む、とある〕。入る道が狭く、帰る道が回り道で、敵が少数でもこちらの大軍を撃てる地を囲地という〔入る所は狭く険しく、帰る道は遠い。長引けば食糧が尽きる。だから敵は少数で大軍を撃てる。これを囲地という。だから兵法書に、囲地では逃げ道の隙間をふさぐ、とある〕。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・九地篇人の地に入ること深く、背にする城邑多き者を、重地と為す。
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『長短経』地形孫子曰く「三に曰く地利。地利なる者は、遠近・険易・広狭・死生なり。故に山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。郷導を用いざれば、地利を得ること能わず。故に兵を用うるに、散地有り、軽地有り、争地有り、交地有り、衢地有り、重地有り、汜地有り、囲地有り、死地有り〔九地の名なり〕。諸侯自ら其の地に戦うを、散地と為す〔其の境内の地に戦えば、士卒の意専らならず、自ら潰ゆるの心有るなり。故に経に曰く、散地は、吾将に其の志を一にせんとす、と〕。人の地に入りて深からざる者を、軽地と為す〔人の地に入りて未だ深からざれば、士卒の意尚お未だ専らならずして、軽く走るなり。故に経に曰く、軽地は、吾将に之をして属せしめんとす、と〕。
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孫子・地形篇孫子曰く、凡そ地形には通なる者、掛なる者、支なる者、隘なる者、険なる者、遠なる者あり。我も以て往くべく、彼も以て来たるべきを、通と曰う。通形には、先ず高陽に居り、糧道を利にして、以て戦えば則ち利あり。
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孫子・九変篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、将、命を君より受け、軍を合し衆を聚む。圮地には舍せず、衢地には交を合し、絶地には留まらず、囲地には則ち謀り、死地には則ち戦ふ。途に由らざる所有り、軍に撃たざる所有り、城に攻めざる所有り、地に争はざる所有り、君命に受けざる所有り。
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孫子・行軍篇斥沢を絶つには、惟だ亟やかに去りて留まること無かれ。若し軍を斥沢の中に交うれば、必ず水草に依りて衆樹を背にす。此れ斥沢に処るの軍なり。平陸には易きに処りて、右に高きを背にし、前は死し後は生く。此れ平陸に処るの軍なり。凡そ此の四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちし所以なり。
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『長短経』地形我得れば則ち利あり、彼得るも亦た利ある者を、争地と為す〔少を以て衆に勝ち、弱を以て強に勝つべし。山水の阨口、険固の利有りて、両敵の争う所を謂う。故に経に曰く、争地は、吾将に其の後に趣かんとす、と〕。我以て往くべく、彼以て来たるべきを、交地と為す〔道上相交錯し、平地に数道有りて、往来交通し、絶つべき無きなり。故に経に曰く、交地は、吾将に其の結を固めんとす、と〕。諸侯の地三属し〔我と敵と相対して、旁に他国有るなり〕、先に至りて天下の衆を得る者を、衢地と為す〔先に其の地に至らば、諸侯の衆を交結して助けと為すべきなり。故に経に曰く、衢地は、吾将に其の守りを謹まんとす、と〕。