長短経 / 天時
若下輕其將、妖怪並作、衆口相惑、當修徳審令、繕礪鋒甲、勤誠誓士、以避天怒。然後復擇吉日、祭牙旗、具太牢之饌、震鼓鐸之音、誠心啟請、以備天問、觀其祥應、以占吉凶若人馬喜躍、旌旗皆前指髙陵、金鐸之聲揚以清、鞞鼓之音宛以鳴、此得神明之助、持以安于衆心、乃可用矣。
新字:若下軽其将、妖怪並作、衆口相惑、当修徳審令、繕礪鋒甲、勤誠誓士、以避天怒。然後復択吉日、祭牙旗、具太牢之饌、震鼓鐸之音、誠心啓請、以備天問、観其祥応、以占吉凶若人馬喜躍、旌旗皆前指高陵、金鐸之声揚以清、鞞鼓之音宛以鳴、此得神明之助、持以安于衆心、乃可用矣。
書き下し
若し下其の将を軽んじ、妖怪並び作り、衆口相惑わば、当に徳を修め令を審らかにし、鋒甲を繕礪し、勤めて誠に士に誓い、以て天の怒りを避くべし。然る後に復た吉日を択び、牙旗を祭り、太牢の饌を具え、鼓鐸の音を震わし、誠心に啓請して、以て天の問いに備え、其の祥応を観て、以て吉凶を占う。若し人馬喜び躍り、旌旗皆前みて高陵を指し、金鐸の声揚がりて以て清く、鞞鼓の音宛として以て鳴らば、此れ神明の助けを得たり。持して以て衆心を安んずれば、乃ち用うべし。
現代語訳
もし下の者が将軍を軽んじ、怪しい出来事が次々に起こり、人々の口が互いに惑わせ合うようなら、徳を修め命令を明らかにし、武器や鎧を修理して研ぎ、誠意をもって兵に誓い、天の怒りを避けるべきである。そのうえで改めて吉日を選び、大将旗を祭り、牛・羊・豚の供え物をそろえ、太鼓や鐸の音を響かせ、真心をもって神に申し上げ、天の問いに備え、そのめでたい応えを見て吉凶を占う。もし人や馬が喜び躍り、旗が皆前に向かって高い丘を指し、鉦や鐸の音が高く澄み、太鼓の音がゆったりと鳴れば、神明の助けを得たのである。これをもって人々の心を安んじれば、軍を用いることができる。
解説

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