長短経 / 天時
若逆風来應、氣旁勃、牙扛折、隂不見日、旌幡激揚、敗候也。〔若雲氣從敵所來、終日不止、軍不可出、出則不利。若風氣俱來、此為敗候在急擊也。凡敵上氣色如馬肝、如死灰、或類偃盖、皆敗徴也。或黒氣如環山、隨軍上者、軍必敗。或軍上氣昏發、連夜照人、則軍事散亂。或軍上氣半、而一絶一敗、再絶再敗。在東發白氣者、灾深。或軍上氣五色雜亂、東西南北不定者、其軍欲敗。或軍上有赤氣炎炎降天、將死衆亂。或軍上有黒氣牛馬形、從氣霧中下漸入軍、名曰天狗下食血、敗軍也。或有雲氣盖道、濛蔽晝冥者、釋炊不暇熟、急去、此皆敗候也。〕
新字:若逆風来応、気旁勃、牙扛折、陰不見日、旌幡激揚、敗候也。〔若雲気従敵所来、終日不止、軍不可出、出則不利。若風気倶来、此為敗候在急撃也。凡敵上気色如馬肝、如死灰、或類偃盖、皆敗徴也。或黒気如環山、随軍上者、軍必敗。或軍上気昏発、連夜照人、則軍事散乱。或軍上気半、而一絶一敗、再絶再敗。在東発白気者、災深。或軍上気五色雑乱、東西南北不定者、其軍欲敗。或軍上有赤気炎炎降天、将死衆乱。或軍上有黒気牛馬形、従気霧中下漸入軍、名曰天狗下食血、敗軍也。或有雲気盖道、濛蔽昼冥者、釈炊不暇熟、急去、此皆敗候也。〕
書き下し
若し逆風来たり応じ、気旁勃し、牙杠折れ、陰にして日を見ず、旌幡激揚すれば、敗候なり。〔若し雲気敵の所より来たりて、終日止まざれば、軍出づべからず。出づれば則ち利あらず。若し風気俱に来たらば、此れ敗候と為し、急撃するに在るなり。凡そ敵上の気色の馬肝の如く、死灰の如く、或いは偃蓋に類するは、皆敗徴なり。或いは黒気の環山の如く、軍に随いて上る者は、軍必ず敗る。或いは軍上の気昏発して、夜に連なりて人を照らせば、則ち軍事散乱す。或いは軍上の気半ばにして、一たび絶ゆれば一たび敗れ、再び絶ゆれば再び敗る。東に在りて白気を発する者は、災深し。或いは軍上の気五色雑乱し、東西南北定まらざる者は、其の軍敗れんと欲す。或いは軍上に赤気炎炎として天より降る有らば、将死し衆乱る。或いは軍上に黒気の牛馬の形なる有りて、気霧の中より下りて漸く軍に入らば、名づけて天狗下りて血を食うと曰う。敗軍なり。或いは雲気の道を蓋い、濛蔽して昼冥き有らば、炊ぎを釈きて熟するに暇あらず、急ぎ去れ。此れ皆敗候なり。〕
現代語訳
もし逆風が吹きつけ、気が乱れ、大将旗の竿が折れ、曇って日が見えず、旗が激しく翻れば、敗北の兆しである。〔雲気が敵の方から来て一日中やまなければ、軍を出してはならない。出れば不利である。風と気がともに来れば、敗北の兆しであるから、急いで撃つべきである。敵の上の気の色が馬の肝のようであったり、死んだ灰のようであったり、倒れた傘のようであれば、皆敗北のしるしである。黒い気が山を巡るように軍について上れば、軍は必ず敗れる。軍の上の気が暗く立ち上り夜通し人を照らせば、軍事は散り乱れる。軍の上の気が途中で一度切れれば一度敗れ、二度切れれば二度敗れる。東で白い気が出れば災いは深い。軍の上の気が五色入り乱れ、東西南北定まらなければ、その軍は敗れようとしている。軍の上に赤い気が炎のように天から降りてくれば、将軍が死に兵が乱れる。軍の上に牛馬の形をした黒い気があり、霧の中から降りて少しずつ軍に入れば、天狗が降りて血を食らうといい、敗軍である。雲気が道を覆い、昼なのに暗くなれば、炊いている飯が炊き上がるのを待たずに急いで去れ。これらは皆、敗北の兆しである。〕
解説

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