長短経 / 教戦
〔夫五陣之法、鼔旗為主。一鼓舉青旗、則為曲陣、二鼔舉赤旗、則為鋭陣、三鼓舉黄旗、則為員陣、四鼔舉白旗、則為方陣、五鼓舉黒旗、則為直陣。曲陣者、木也、鋭陣者、火也、員陣者、土也、方陣者、金也、直陣者、水也。此五行之陣、展轉相生、以為勝負。凡結五陣之法、五五相保、五人為一長、五長為一師、五師為一帥、五帥為一校、五校為一火、五火為一橦、五橦為一軍、則事備矣。夫兵之便、務知節度。短者持旌旗、勇者持金鼔、弱者給粮牧、智者為謀主。鄉里相比、五五相保。一鼓正立、二鼓起食、三鼓嚴辦、四鼔就行。間聞聴令、然後舉旗出兵、隨幡所至也。〕
新字:〔夫五陣之法、鼓旗為主。一鼓舉青旗、則為曲陣、二鼓舉赤旗、則為鋭陣、三鼓舉黄旗、則為員陣、四鼓舉白旗、則為方陣、五鼓舉黒旗、則為直陣。曲陣者、木也、鋭陣者、火也、員陣者、土也、方陣者、金也、直陣者、水也。此五行之陣、展転相生、以為勝負。凡結五陣之法、五五相保、五人為一長、五長為一師、五師為一帥、五帥為一校、五校為一火、五火為一橦、五橦為一軍、則事備矣。夫兵之便、務知節度。短者持旌旗、勇者持金鼓、弱者給粮牧、智者為謀主。郷里相比、五五相保。一鼓正立、二鼓起食、三鼓厳辦、四鼓就行。間聞聴令、然後舉旗出兵、随幡所至也。〕
書き下し
〔夫れ五陣の法は、鼓旗を主と為す。一鼓して青旗を挙ぐれば、則ち曲陣と為す。二鼓して赤旗を挙ぐれば、則ち鋭陣と為す。三鼓して黄旗を挙ぐれば、則ち員陣と為す。四鼓して白旗を挙ぐれば、則ち方陣と為す。五鼓して黒旗を挙ぐれば、則ち直陣と為す。曲陣は木なり。鋭陣は火なり。員陣は土なり。方陣は金なり。直陣は水なり。此の五行の陣は、展転して相生じ、以て勝負を為す。凡そ五陣を結ぶの法は、五五相保つ。五人を一長と為し、五長を一師と為し、五師を一帥と為し、五帥を一校と為し、五校を一火と為し、五火を一橦と為し、五橦を一軍と為せば、則ち事備わる。夫れ兵の便は、務めて節度を知る。短き者は旌旗を持ち、勇なる者は金鼓を持ち、弱き者は糧牧に給し、智なる者は謀主と為る。郷里相比し、五五相保つ。一鼓して正立し、二鼓して起ちて食い、三鼓して厳辦し、四鼓して行に就く。間聞して令を聴き、然る後に旗を挙げて兵を出だし、幡の至る所に随うなり。〕
現代語訳
〔五つの陣の法は、太鼓と旗を中心とする。太鼓一つで青い旗を上げれば曲陣、二つで赤い旗なら鋭陣、三つで黄色い旗なら円陣、四つで白い旗なら方陣、五つで黒い旗なら直陣とする。曲陣は木、鋭陣は火、円陣は土、方陣は金、直陣は水である。この五行の陣は次々に移り変わって互いを生み出し、それで勝負をする。五つの陣を結ぶ法は、五人ずつ互いに守り合うことである。五人を一長、五長を一師、五師を一帥、五帥を一校、五校を一火、五火を一橦、五橦を一軍とすれば、備えはそろう。軍の都合としては、節度を知ることに努める。背の低い者は旗を持ち、勇ましい者は鉦と太鼓を持ち、弱い者は兵糧と牧畜の世話をし、知恵ある者は謀の中心となる。同じ郷里の者を並べ、五人ずつ互いに守り合う。太鼓一つで整列し、二つで起きて食事し、三つで身支度を厳しく整え、四つで隊列に就く。静かに命令を聞き、そのうえで旗を上げて兵を出し、旗の行く所に従う。〕
解説

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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事惣して役儀は其人の得手不得手ある事なり、不得手なる役に申付たるときは役儀の捌き宜しからさるなり、さるに依て之を替んとすれは席を上くるか下くるかせねは役替られぬなり、上かりの役に申付たるは立身になる、下かりの役に申付たるは、その人のいつくするもとより褒美歟、又は懲しめのためならは、あけてもよけんとも、只其人の得手なるむきに、換ゆるまてのことにて、別に褒美にても、懲しめにてもなきに、席を上け下けすること、詮もなきこと、又害も有なり、然れは同席の役をいくつも拵へ置く時は此の差支なきなり、されとも当時は席に名無く、唯〻此役の席と云ふことなる故、役と席とを別々にすへきやうなし、其上席に名を付け置さる故、混乱して、紛はしかるへし、
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『長短経』量才〔清節の徳は師氏の任なり。法家の材は司寇の任なり。術家の材は三孤の任なり。臧否の材は師氏の任なり。伎倆の材は司空の任なり。儒学の材は保氏の任なり。文章の材は国史の任なり。驍雄の材は将帥の任なり。〕
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説苑・雜言仲尼曰く、「其の地に非ずして之を樹うれば、生ぜざるなり。其の人に非ずして之に語れば、聴かざるなり。其の人を得れば、沙を聚めて之に雨降らすが如く、其の人に非ざれば、聾を聚めて之に鼓するが如し」と。
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説苑・政理子產、鄭に相たり。簡公、子產に謂いて曰く、「內政は出す毋かれ、外政は入る毋かれ。夫れ衣裘の美ならざる、車馬の飾らざる、子女の潔からざるは、寡人の醜なり。國家の治まらざる、封疆の正しからざるは、夫子の醜なり。」子產、鄭に相たり、簡公の身を終うるまで、內には國中の亂無く、外には諸侯の患無し。子產の政に從うや、能を擇びて之を使う。馮簡子は事を斷ずるに善く、子太叔は決するに善くして文あり、公孫揮は四國の為す所を知りて其の大夫の族姓を辨じ、變じて立ちどころに至り、又善く辭令を為す。裨諶は謀るに善く、野に於ては獲るも邑に於ては否らず。事有れば乃ち裨諶を載せて之と野に適き、謀りて可否を使め、告げて馮簡子をして之を斷ぜしめ、公孫揮をして之が辭令を為さしめ、成りて乃ち子太叔受けて之を行わしめ、以て賓客に應對す。是を以て鮮に敗事有り。
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『晏子春秋』問上・景公問古之蒞國者任人如何晏子對以人不同能景公、晏子に問いて曰く、「古の国に蒞み民を治むる者は、其の人に任ずること何如」と。晏子対えて曰く、「地は生を同じくせざるに、之に任ずるに一種を以てし、其の倶に生ぜんことを責むるも得可からず。人は能を同じくせざるに、之に任ずるに一事を以てし、遍く成さんことを責む可からず。責めて已む無く、智者も給する能わざる有り。求めて饜く無く、天地も贍す能わざる有り。故に明王の人に任ずるや、諂諛は左右に邇づかず、阿党は本朝に治せず。人の長に任じて、其の短を強いず。人の工に任じて、其の拙を強いず。此れ人に任ずるの大略なり」と。