長短経 / 教戦
大戰之法、為其校陣、各有其道。左校青龍、右校白虎、前校朱雀、後校𤣥武、中校軒轅。大將之所處、左鋒右㦸前楯後弩、中央鼓旗、興動俱起。聞鼓則進、聞金則止。隨其指麾、五陣乃理。
新字:大戦之法、為其校陣、各有其道。左校青竜、右校白虎、前校朱雀、後校玄武、中校軒轅。大将之所処、左鋒右戟前楯後弩、中央鼓旗、興動倶起。聞鼓則進、聞金則止。随其指麾、五陣乃理。
書き下し
大戦の法は、其の校陣を為すに、各々其の道有り。左校は青龍、右校は白虎、前校は朱雀、後校は玄武、中校は軒轅。大将の処る所は、左は鋒、右は戟、前は楯、後ろは弩、中央は鼓旗。興動するには俱に起つ。鼓を聞けば則ち進み、金を聞けば則ち止まる。其の指麾に随えば、五陣乃ち理まる。
現代語訳
大きな戦いの法では、部隊の陣を組むのにそれぞれ道がある。左の部隊は青龍、右は白虎、前は朱雀、後ろは玄武、中央は軒轅とする。大将のいるところは、左に鋒、右に戟、前に盾、後ろに弩を置き、中央に太鼓と旗を置く。動くときは皆一斉に立ち上がる。太鼓を聞けば進み、鉦を聞けば止まる。指図に従えば、五つの陣は整う。
解説
大軍の陣形は、前後左右と中央の五つの部隊に分け、それぞれに役割と武器を持たせます。そして全体を動かすのは、太鼓なら進め、鉦なら止まれという単純な合図です。大きな組織ほど、複雑な指示ではなく、誰にでもわかる単純な合図で一斉に動く仕組みが必要になる。部隊ごとの役割を明確にしたうえで、全体の動きは共通のシンプルなルールでそろえる。規模が大きくなるほど、合図の単純さが力になるのです。
この章句が説くこと
教戦陣形合図単純なルール役割統率
関連する章句
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『長短経』教戦〔夫れ五陣の法は、鼓旗を主と為す。一鼓して青旗を挙ぐれば、則ち曲陣と為す。二鼓して赤旗を挙ぐれば、則ち鋭陣と為す。三鼓して黄旗を挙ぐれば、則ち員陣と為す。四鼓して白旗を挙ぐれば、則ち方陣と為す。五鼓して黒旗を挙ぐれば、則ち直陣と為す。曲陣は木なり。鋭陣は火なり。員陣は土なり。方陣は金なり。直陣は水なり。此の五行の陣は、展転して相生じ、以て勝負を為す。凡そ五陣を結ぶの法は、五五相保つ。五人を一長と為し、五長を一師と為し、五師を一帥と為し、五帥を一校と為し、五校を一火と為し、五火を一橦と為し、五橦を一軍と為せば、則ち事備わる。夫れ兵の便は、務めて節度を知る。短き者は旌旗を持ち、勇なる者は金鼓を持ち、弱き者は糧牧に給し、智なる者は謀主と為る。郷里相比し、五五相保つ。一鼓して正立し、二鼓して起ちて食い、三鼓して厳辦し、四鼓して行に就く。間聞して令を聴き、然る後に旗を挙げて兵を出だし、幡の至る所に随うなり。〕
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『長短経』教戦故に曰く、衆を治むること寡を治むるが如きは、分数是れなり〔部曲を分と為し、什五を数と為す〕。衆を闘わすこと少なきを闘わすが如きは、形名是れなり〔旌旗を形と曰い、金鼓を名と曰う〕。言相聞こえず、故に鼓鐸を為る。視相見えず、故に旌旗を為る。夫れ金鼓旌旗は、人の耳目を一にする所以なり〔夜戦には火鼓多く、昼戦には旌旗多し。人の耳目を変ずる所以なり〕。是に知る、鼓鞞金鐸は、耳を威す所以なり。旌旗麾章は、目を威す所以なり。禁令刑罰は、心を威す所以なり。耳は声に威さるれば、清ならざるべからず。目は色に威さるれば、明ならざるべからず。心は罰に威さるれば、厳ならざるべからず。三者立たざれば、勝つと雖も必ず敗る。故に曰く「将の麾く所、従いて移らざる莫く、将の指す所、前みて死せざる莫し」と。紛紛紜紜として、闘い乱るるも乱すべからず。混混沌沌として、形円くして敗るべからず。此れ衆を用うるの法なり。
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呉子・治兵篇呉子曰く、「教戦の令は、短き者は矛戟を持ち、長き者は弓弩を持ち、強き者は旌旗を持ち、勇なる者は金鼓を持ち、弱き者は冢養に給し、智なる者は謀主と為す。郷里相比び、什伍相保つ。一鼓にして兵を整え、二鼓にして陳を習い、三鼓にして食に趨り、四鼓にして厳辨し、五鼓にして行に就く。鼓声の合するを聞き、然る後に旗を挙ぐ」と。
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呉子・治兵篇武侯問いて曰く、「三軍の進止、豈に道有りや」と。起対えて曰く、「天竈に当たること無く、竜頭に当たること無かれ。天竈なる者は、大谷の口なり。竜頭なる者は、大山の端なり。必ず左に青竜、右に白虎、前に朱雀、後に玄武、招揺は上に在り、事を下に従う。将に戦わんとするの時、風の従りて来たる所を審らかに候う。風順なれば呼を致して之に従い、風逆なれば陳を堅くして以て之を待つ」と。
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『長短経』結営太公曰く「軍を出だし征戦し、営を安んじ陣を置くには、六を以て法と為す」と。〔六なる者は、六百歩を謂い、亦た六十歩なるべし。人地の宜しきを量り、表を十二辰に置くなり。〕将軍は身ら九天の上に居り〔青龍も亦た九天と為す。若し行止頓宿せば、玉帳の下に居る。凡そ月建の前三辰を玉帳と為す。仮令正月は巳の地是れなり〕、一旬を竟えて、復た徙りて牙門を開き、常に建を背にし破に向かう〔太歳・太陰に向かわず〕。死水を飲まず、死地に居らず、地柱に居らず、地獄に居らず、天竈に休む無く、龍首に当たる無し〔死水は、流れざる水なり。死地は、丘墓の間なり。地柱は、下中の高きなり。地獄は、高中の下きなり。天竈は、谷口なり。龍首は、山の端なり〕。故に曰く、凡そ営を結び陣を安んずるには、将軍は青龍に居り、軍鼓は逢星に居り、士卒は明堂に居り、伏兵は太陰に、軍門は天門に居り、小将は地戸に居り、斬断は天獄に居り、治罪は天庭に居り、軍糧は天牢に居り、軍器は天蔵に居る。此れ天に法りて営を結び、物能く害する莫き者と謂う。
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『長短経』将体敵動けば之を伺い、敵強ければ之に下り〔敵陣強ければ則ち之に下り、与に戦うこと勿かれ。斉の師魯を伐ち、之に鼓するも、曹劌動かず。三鼓して、斉を破るが若し。之に下るなり〕、敵凌げば之に仮し〔敵の威勢吾を凌ぎて来たらば、宜しく重きを持して以て之を待つべし。与に戦うこと勿かれ。楚は漢を凌ぎ、戦いを求めて一決せんとするも、漢祖は弱きを知りて、之を許さざるが是れなり〕、敵暴なれば之を安んじ〔敵人暴虐の行いを為さば、則ち之を安んじ之を勧む。我が衆を怒らしむる所以なり。昔、燕斉を伐ち、田単下らず。燕の師斉人の冢墓を掘る。田単安んじて之を勧む〕、敵悖れば之を義とし〔敵悖乱の事を為さば、則ち随いて義有りて以て之を待つ。彼悖りて我義なり。故に之に克つ〕、敵睦まじければ之を携え、順を挙げて之を挫き〔順を挙げて以て逆を挫くなり〕、勢いに因りて之を破り、放言して之を過たしめ〔悪言を放過して、以て敵人を誣詐し、以て己が衆を怒らしむるなり〕、四網して之を羅す。此れ将為るの道なり。