長短経 / 出軍
夫兵者、凶器也。戰者、危事也。兵戰之塲立尸之所、帝王不得已而用之矣。〔凡天有白雲如匹布經丑未者、天下多兵、赤者尤甚。或有雲如匹布竟天、或有雲如胡人行列陣、皆天下多兵。或于子日四望無雲、獨見赤雲如旌旗、天下兵起。若遍四方者、天下盡兵。或四望無雲、獨見黒雲極天、亦天下兵起、三日内有雨、灾解。或有赤雲赫然者、所見之地、兵大起。凡有白雲如仙人衣、千萬連結、部隊相逐、罷而復興、當有千里兵。或有如人持刀楯、此暴兵氣也。或有白氣廣六丈、東西竟天者、亦兵起也。青者、有大喪也。〕
新字:夫兵者、凶器也。戦者、危事也。兵戦之塲立尸之所、帝王不得已而用之矣。〔凡天有白雲如匹布経丑未者、天下多兵、赤者尤甚。或有雲如匹布竟天、或有雲如胡人行列陣、皆天下多兵。或于子日四望無雲、独見赤雲如旌旗、天下兵起。若遍四方者、天下尽兵。或四望無雲、独見黒雲極天、亦天下兵起、三日内有雨、災解。或有赤雲赫然者、所見之地、兵大起。凡有白雲如仙人衣、千万連結、部隊相逐、罷而復興、当有千里兵。或有如人持刀楯、此暴兵気也。或有白気広六丈、東西竟天者、亦兵起也。青者、有大喪也。〕
書き下し
夫れ兵なる者は、凶器なり。戦いなる者は、危事なり。兵戦の場は、尸を立つるの所なり。帝王已むを得ずして之を用う。〔凡そ天に白雲の匹布の如くして丑未を経る者有らば、天下兵多し。赤き者は尤も甚だし。或いは雲の匹布の如くして天を竟る有り、或いは雲の胡人の行列の陣の如き有らば、皆天下兵多し。或いは子の日に於いて四望に雲無く、独り赤雲の旌旗の如きを見れば、天下兵起こる。若し四方に遍ければ、天下尽く兵あり。或いは四望に雲無く、独り黒雲の天を極むるを見れば、亦た天下兵起こる。三日の内に雨有らば、災解く。或いは赤雲赫然たる者有らば、見る所の地に、兵大いに起こる。凡そ白雲の仙人の衣の如く、千万連結し、部隊相逐い、罷みて復た興る有らば、当に千里の兵有るべし。或いは人の刀楯を持つが如き有らば、此れ暴兵の気なり。或いは白気の広さ六丈、東西天を竟る者有らば、亦た兵起こるなり。青き者は、大喪有るなり。〕
現代語訳
兵は不吉な道具であり、戦いは危うい事である。戦場は屍が積み上がる場所である。帝王はやむを得ないときにだけ用いる。〔およそ天に、白い雲が一匹の布のように丑から未の方角に伸びていれば、天下に戦が多い。赤い雲ならなおさらである。雲が布のように天の端から端まで伸びていたり、異民族の隊列のような形をしていたりすれば、どれも天下に戦が多い。子の日に四方を見て雲がなく、赤い雲だけが旗のように見えれば、天下に兵が起こる。それが四方に広がっていれば、天下じゅうが戦になる。四方に雲がなく、黒い雲だけが天いっぱいに見えても天下に兵が起こるが、三日以内に雨が降れば災いは解ける。赤々とした雲があれば、それが見える地に大きな戦が起こる。白い雲が仙人の衣のように幾重にも連なり、部隊が追い合うように消えてはまた現れれば、千里に及ぶ戦があるだろう。人が刀と盾を持っているような形なら、乱暴な兵の気である。幅六丈の白い気が東西に天の端から端まで伸びていても、兵が起こる。青いものは大きな喪がある。〕
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし強い者の申し分はいつも善くなるということは、一つの諺として仏国に伝わっているけれども、漸々文明が進めば、人々道理を重んずる心も、平和を愛する情も増して来る。相争う所の惨虐を嫌う念も、文明が進めば進むほど強くなる。換言すれば、戦争の価値は世が進むほど不廉となる。いずれの国でも自らそこに顧みる所があって、極端なる争乱は自然に減ずるであろう。また必ず減ずべきものと思う。明治三十七八年頃、ロシアのグルームとかいう人が、「戦争と経済」という書を著作して、戦争は世の進むほど惨虐が強くなる、費用が多くなるから、ついには無くなるであろう、という説を公にしたことがある。かつてロシア皇帝が平和会議を主張されたのも、これらの人の説によったものであると、誰やらの説に見たことがある。
-
史記 匈奴列伝単于之を信じ、而して馬邑の財物を貪り、乃ち十万騎を以て武州の塞に入る。漢兵三十余万を馬邑の旁に伏せ、御史大夫韓安国護軍と為り、四将軍を護りて以て単于を伏す。単于既に漢の塞に入り、未だ馬邑に至らざること百余里、畜の野に布けども人の牧する者無きを見て、之を怪しみ、乃ち亭を攻む。是の時鴈門の尉史徼を行り、寇を見て、此の亭に葆り、漢の兵の謀を知る。単于得て、之を殺さんと欲す。尉史乃ち単于に漢の兵の居る所を告ぐ。単于大いに驚きて曰く、「吾固より之を疑へり」と。乃ち兵を引きて還る。出でて曰く、「吾尉史を得たるは、天なり。天若をして言はしむ」と。尉史を以て「天王」と為す。漢の兵約すらく単于馬邑に入らば縦たんと。単于至らず。故を以て漢の兵得る所無し。漢の将軍王恢の部代より出でて胡の輜重を撃たんとするも、単于の還り、兵多きを聞き、敢へて出でず。漢恢の本兵謀を造りて進まざるを以て、恢を斬る。是より後、匈奴和親を絶ち、当路の塞を攻め、往往にして入りて漢の辺を盗むこと、勝げて数ふべからず。然れども匈奴は貪り、尚ほ関市を楽しみ、漢の財物を嗜む。漢も亦尚ほ関市絶たずして以て之に中つ。馬邑の軍より後五年の秋、漢四将軍をして各々万騎もて胡を関市の下に撃たしむ。将軍衛青上谷より出で、蘢城に至り、胡の首虜七百人を得。公孫賀雲中より出で、得る所無し。公孫敖代郡より出で、胡の敗る所と為ること七千余人。李広鴈門より出で、胡の敗る所と為り、而して匈奴広を生け得たり。広後に亡げ帰るを得たり。漢敖・広を囚ふ。敖・広贖ひて庶人と為る。其の冬、匈奴数々入りて辺を盗み、漁陽尤も甚だし。漢将軍韓安国をして漁陽に屯して胡に備へしむ。其の明年秋、匈奴二万騎漢に入り、遼西の太守を殺し、二千余人を略す。
-
『武士道』第一章 武士道の倫理系・国家は戦争に生まれる而して日本武士道の淵源は、単に二三にして止まらず。ラスキンは狼藉を嫌ひ和を好む人なり。然るに又た奮闘的生涯の崇拝者として、熱火の精神を以て、戦争を是認せり。其書『橄欖の冠』中に曰へることあり。『予が戦争を以て、凡百の芸術の基礎なりと云ふものは、又た「戦争が、人間界凡ての道徳、及び技芸の根本なり」との意をも含めり。予にして此理を発見するに至りたるは、自からまた怪訝し、畏怖すと雖、いかんせん、予は之を以て否定すべからざる事実なりと認知するを……要するに予は、凡ての強大なる国家が、戦争によりて、言語の真理、思想の勢力を覚知せる事、又た国家は戦争によりて培はれ、平和によりて荒され、戦争によりて教へられ、平和によりて欺かれ、戦争によりて鍛はれ、平和によりて毀たるる事、一言以て之を蔽へば、「国家は戦争に生まれ、平和に死するものなるを知れり」』と。
-
『武家家訓集』武田信繁家訓九十九箇条「第28〜30条」一、深く知晉たりと雖も、人前に於いて妄りに雜談すべからざる事。語に云ふ、三たび思ひて一たび言ひ、九たび思ひて一たび行ふ、と。 一、參禪嗜むべき事。語に曰く、參禪に別に秘決無し、唯だ生死を思ふこと切なり、と。 一、何れの時にも歸宿の時は、先へ使者を遣はすべし。自然留守番衆の行儀等油斷の砌、折檻閣き難く、又細事を以て礼明すれば、際限無からんか。云ふ、敎へずして殺す、之を逆と云ふ、と。
-
論語・為政篇子張禄を干(もと)むを学ぶ。子曰く、多く聞いて疑わしきを闕(か)き、其の余を慎言すれば、則ち尤(とがめ)寡なし。多く見て殆(あやう)きを闕き、其の余を慎行すれば、則ち悔寡なし。言に尤寡なく、行に悔寡なければ、禄は其の中に在り。
-
『囲炉夜話』第六十八則・好事の人は必ず曉事の人に非ず古今の為す有るの士は、皆な輕がろしく為さざるの士なり。鄉黨の事を好むの人は、必ず事に曉るの人に非ず。