長短経 / 定名
淫則昏亂、民失其性〔滋味聲色、過則傷性。〕是故、為禮以奉之〔制禮以奉其性也。〕人有好惡、喜怒、哀樂、生于六氣〔此六者、皆禀隂陽風雨晦明之氣也。〕是故、審則宜類、以制六志〔為禮以制好惡、喜怒、哀樂六志使不過節也。〕哀有哭泣、樂有歌舞、喜有施舎怒有戰鬬。哀樂不失、乃能協于天地之性、是以長久〔協和也。〕故人能曲直以從禮者、謂之成人。”’”或曰、“然則何謂為儀?
新字:淫則昏乱、民失其性〔滋味声色、過則傷性。〕是故、為礼以奉之〔制礼以奉其性也。〕人有好悪、喜怒、哀楽、生于六気〔此六者、皆禀陰陽風雨晦明之気也。〕是故、審則宜類、以制六志〔為礼以制好悪、喜怒、哀楽六志使不過節也。〕哀有哭泣、楽有歌舞、喜有施舎怒有戦闘。哀楽不失、乃能協于天地之性、是以長久〔協和也。〕故人能曲直以従礼者、謂之成人。”’”或曰、“然則何謂為儀?
書き下し
淫すれば則ち昏乱し、民は其の性を失う〔滋味声色、過ぐれば則ち性を傷う〕。是の故に、礼を為りて以て之を奉ず〔礼を制して以て其の性を奉ずるなり〕。人に好悪・喜怒・哀楽有り、六気より生ず〔此の六者は、皆陰陽風雨晦明の気を禀くるなり〕。是の故に、審らかに則りて類を宜しくし、以て六志を制す〔礼を為りて以て好悪・喜怒・哀楽の六志を制し、節を過ぎざらしむるなり〕。哀しめば哭泣有り、楽しめば歌舞有り、喜べば施捨有り、怒れば戦闘有り。哀楽失わず、乃ち能く天地の性に協い、是を以て長久なり〔協は和なり〕。故に人能く曲直して以て礼に従う者、之を成人と謂う』と」と。或るひと曰く「然らば則ち何をか儀と為すと謂う」と。
現代語訳
度を越えれば昏く乱れ、民はその本性を失う〔味わいや音楽、色は、過ぎれば本性を傷つける〕。だから礼を作ってそれを守らせる〔礼を定めて本性を保たせる〕。人には好悪、喜怒、哀楽があり、六つの気から生まれる〔この六つは皆、陰陽風雨晦明の気を受けている〕。だからよく見極めて類をふさわしくし、六つの感情を制する〔礼を作って好悪・喜怒・哀楽の六つの感情を制し、節度を越えないようにする〕。悲しめば泣き、楽しめば歌い舞い、喜べば施し、怒れば戦う。悲しみと楽しみが節度を失わなければ、天地の性に調和し、それで長く続けられる〔協とは和すること〕。だから自分を曲げたり伸ばしたりして礼に従える人を、成人という』」。ある人が問うた。「では、儀とは何ですか」。
解説

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