長短経 / 卑政
故叔孫通欲起禮、漢髙帝曰、「得無難乎?」對曰、「夫禮者、因時世人情而為之節文者也。」張釋之言便宜事、文帝曰、「卑之!無甚髙論、令今可施行。」由是言之、夫理者、不因時俗之務而貴竒異、是餓者百日以待梁肉、假人金玉以救溺子之說矣。
新字:故叔孫通欲起礼、漢高帝曰、「得無難乎?」対曰、「夫礼者、因時世人情而為之節文者也。」張釈之言便宜事、文帝曰、「卑之!無甚高論、令今可施行。」由是言之、夫理者、不因時俗之務而貴奇異、是餓者百日以待梁肉、仮人金玉以救溺子之説矣。
書き下し
故に叔孫通礼を起こさんと欲す。漢の高帝曰く「難きこと無きを得んか」と。対えて曰く「夫れ礼なる者は、時世人情に因りて之が節文を為す者なり」と。張釈之、便宜の事を言う。文帝曰く「之を卑くせよ。甚だしき高論無く、今施行すべからしめよ」と。是に由りて之を言えば、夫れ理むる者の、時俗の務めに因らずして奇異を貴ぶは、是れ餓者に百日以て粱肉を待たしめ、人に金玉を仮して以て溺子を救うの説なり。
現代語訳
叔孫通が礼を整えようとしたとき、漢の高祖は「難しすぎることはないか」と言った。叔孫通は「礼というものは、時代と人情に応じて、ほどよいきまりを作るものです」と答えた。張釈之が政治上の便宜を述べたとき、文帝は「話を低くせよ。あまり高尚な議論はやめて、いますぐ実施できるようにせよ」と言った。これで言えば、治める者が時代や世俗の務めに応じずに珍しく奇抜なことを尊ぶのは、飢えた者に百日待って上等な肉を食べよと言い、人に金や玉を貸して溺れる子を救えと言うような説である。
解説
劉邦は礼を整えると聞いて、難しすぎないかと心配しました。叔孫通は、礼は時代と人情に合わせて作るものだと答えた。文帝は、張釈之の進言に対して、高尚な議論はやめて今すぐ実行できる話をせよと言った。二人の皇帝は、立派な理想より、明日から使える具体策を求めたのです。組織の改善案も、どれほど理屈が正しくても、今の人たちが実行できない形なら、飢えた人にごちそうの約束をするのと同じです。

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卑政叔孫通張釈之文帝実行可能性提案
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