長短経 / 卑政
《淮南子》曰、「濟溺人以金玉、不如尋常之纆韓子曰、「百日不食、以待梁肉、餓者不肯。」〔故曰、療飢不期于鼎食、拯溺無待于規行也。〕此言政貴卑以濟事者也。何以言之?韓非曰、「所謂知者微妙之言、上知之所難也、今為衆人法而以為上知之所難也、則人無從識之矣。故糟糠不厭者、不待梁肉而飽、短褐不完者、不須文繡而好。以是言之、夫治世之事、急者不得、則緩者非務也。今所治之政、人間之事。夫婦之所明知者不用、而慕上知之所難論、則其於人過逺矣。是知微妙之言、非人務也。」
新字:《淮南子》曰、「済溺人以金玉、不如尋常之纆韓子曰、「百日不食、以待梁肉、餓者不肯。」〔故曰、療飢不期于鼎食、拯溺無待于規行也。〕此言政貴卑以済事者也。何以言之?韓非曰、「所謂知者微妙之言、上知之所難也、今為衆人法而以為上知之所難也、則人無従識之矣。故糟糠不厭者、不待梁肉而飽、短褐不完者、不須文繡而好。以是言之、夫治世之事、急者不得、則緩者非務也。今所治之政、人間之事。夫婦之所明知者不用、而慕上知之所難論、則其於人過遠矣。是知微妙之言、非人務也。」
書き下し
淮南子に曰く「溺人を済うに金玉を以てするは、尋常の纆に如かず」と。韓子曰く「百日食わずして、以て粱肉を待つは、餓者肯んぜず」と。〔故に曰く、飢を療するは鼎食を期せず、溺を拯うは規行を待つ無し、と。〕此れ政は卑きを貴びて以て事を済すを言う者なり。何を以て之を言う。韓非曰く「所謂知者の微妙の言は、上知の難しとする所なり。今、衆人の法と為して、上知の難しとする所を以てせば、則ち人従りて識る無し。故に糟糠に厭かざる者は、粱肉を待たずして飽き、短褐完からざる者は、文繡を須たずして好む。是を以て之を言えば、夫れ世を治むるの事は、急なる者得ざれば、則ち緩なる者は務めに非ざるなり。今、治むる所の政は、人間の事なり。夫婦の明らかに知る所の者を用いずして、上知の論じ難き所を慕わば、則ち其の人に於けるや過ぎて遠し。是に知る、微妙の言は、人の務めに非ざるなり」と。
現代語訳
『淮南子』に「溺れている人を救うのに金や玉を投げるのは、ありふれた長さの縄に及ばない」とある。韓非子に「百日食べずに上等な肉を待てと言っても、飢えた者は承知しない」とある。〔だから、飢えを救うのにごちそうを待つ必要はなく、溺れる者を救うのに作法どおりに歩く必要はない、と言う。〕これは、政治は低く身近なことを重んじて事を成すということを言っている。何によってそう言うか。韓非子は言う。「知者の言ういわゆる微妙な言葉は、最上の知者でも難しいとするところである。それを民衆の法にすれば、民はそこから知ることができない。だから酒かすや糠にも満足できない者は上等な肉を待たずに腹を満たし、粗末な短い服さえ満足にない者は刺繍の衣を必要とせずに喜ぶ。これで言えば、世を治めることは、急ぎのことができていなければ、急がないことは務めではない。いま治める政治は人間の事柄である。夫婦でもはっきりわかることを用いず、最上の知者でも論じにくいことを慕えば、人々からはるかに遠くなる。だから微妙な言葉は、人々の務めではないとわかる」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
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『韓非子』功名第二十八人臣の憂は一を得ざるに在り、故に曰く、「右手圓を書き、左手方を書けば、兩つながら成る能わず。」
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史記 伍子胥列伝其の後五年、呉王、斉の景公死して大臣寵を争ひ、新君弱しと聞き、乃ち師を興して北のかた斉を伐つ。伍子胥諫めて曰く、「句踐食に味を重ねず、死を弔ひ疾を問ふは、且に用ゐる所有らんと欲すればなり。此の人死せずんば、必ず呉の患ひと為らん。今呉の越有るは、猶ほ人の腹心の疾有るがごときなり。而るに王越を先にせずして乃ち斉を務むるは、亦た謬らずや」と。呉王聴かず、斉を伐ち、大いに斉の師を艾陵に敗り、遂に鄒・魯の君を威して以て帰る。益々子胥の謀を疏んず。
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孟子・告子章句上孟子曰く、「今、無名の指、屈して信びざる有り。疾痛して事に害あるに非ざるなり。如し能く之を信ばす者有れば、則ち秦楚の路をも遠しとせず。指の人に若かざるが為なり。指の人に若かざるは、則ち之を惡むことを知る。心の人に若かざるは、則ち惡むことを知らず。此を之れ類を知らずと謂うなり。」
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孟子・告子章句上孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「知者は知らざること無きなり。當に務むべきを之れ急と為す。仁者は愛せざること無きなり。賢を親しむを急にするを之れ務と為す。堯舜の知にして物に遍からざるは、先務を急にすればなり。堯舜の仁にして人を愛するに遍らざるは、賢を親しむを急にすればなり。三年の喪を能くせずして、緦(シ)・小功を之れ察し、放飯・流歠(セツ)して、齒決すること無きを問う、是を之れ務めを知らずと謂う。」