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長短経 / 大私

《尸子》曰、「堯養無告、禹愛辜人、此先王之所以安危而懷逺也。」聖人於大私之中也為無私。湯曰、「朕身有罪、無及萬方、萬方有罪、朕身受之。」湯不私其身而私萬方。文王曰、「茍有仁人、何必周親!」文王不私其親而私萬國。先王非無私也、所私者與人不同、此知大私者也。由是言之、夫唯不私、故能成其私、不利而利之、乃利之大者矣。

新字:《尸子》曰、「堯養無告、禹愛辜人、此先王之所以安危而懐遠也。」聖人於大私之中也為無私。湯曰、「朕身有罪、無及万方、万方有罪、朕身受之。」湯不私其身而私万方。文王曰、「苟有仁人、何必周親!」文王不私其親而私万国。先王非無私也、所私者与人不同、此知大私者也。由是言之、夫唯不私、故能成其私、不利而利之、乃利之大者矣。

書き下し

尸子に曰く「堯は告ぐる無きを養い、禹は辜人を愛す。此れ先王の危うきを安んじて遠きを懐くる所以なり」と。聖人は大私の中に於いて無私を為す。湯曰く「朕の身に罪有れば、万方に及ぶこと無かれ。万方に罪有れば、朕の身之を受けん」と。湯は其の身を私せずして万方を私す。文王曰く「苟も仁人有らば、何ぞ必ずしも周の親ならん」と。文王は其の親を私せずして万国を私す。先王は私無きに非ず。私する所の者、人と同じからず。此れ大私を知る者なり。是に由りて之を言えば、夫れ唯だ私せず、故に能く其の私を成す。利せずして之を利するは、乃ち利の大なる者なり。

現代語訳

『尸子』に言う。「堯は訴える先のない者を養い、禹は罪人を愛した。これが先王が危うきを安んじ、遠くの者をなつけた理由である」。聖人は大きな私の中で無私を行う。殷の湯王は言った。「私の身に罪があっても、天下の人々に及ぼすな。天下の人々に罪があれば、私の身がそれを受けよう」。湯王は自分の身を私せず、天下を私した。周の文王は言った。「仁ある人がいれば、周の親族である必要はない」。文王は親族を私せず、天下の国々を私した。先王は私がなかったのではない。私するものが人と違ったのである。これが大私を知る者である。これで言えば、ただ私しないからこそ、その私を成し遂げられる。利を求めずに利するのが、最も大きな利なのである。

解説

湯王は、民の罪は自分が引き受けると言い、文王は、仁ある人なら親族でなくても用いると言った。二人とも私心がなかったのではなく、私する対象が天下全体だった。自分の身や親族という小さな私を捨てて、天下という大きな私を得た。趙蕤はこれを大私と呼びます。私心を消すことはできないが、何を自分のものと感じるかの範囲を広げることはできる。その範囲の広さが、人の器の大きさなのです。

この章句が説くこと

大私湯王文王無私公私

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