長短経 / 詭順
臣竊料之、能厯西山、徑長樂、扺未央、攘袂而正議者、獨大王耳。上有全亡之功、下有安百姓之名、德淪於骨髓、恩加於無窮、願大王留意詳維之。”孝王大說、使人馳以聞、濟北王得不坐、徙封於菑川。
新字:臣窃料之、能歴西山、径長楽、扺未央、攘袂而正議者、独大王耳。上有全亡之功、下有安百姓之名、徳淪於骨髄、恩加於無窮、願大王留意詳維之。”孝王大説、使人馳以聞、済北王得不坐、徙封於菑川。
書き下し
臣竊かに之を料るに、能く西山を歴て、長楽を径し、未央に抵りて、袂を攘いて正議する者は、独り大王のみ。上は全亡の功有り、下は百姓を安んずるの名有り。徳は骨髄に淪み、恩は無窮に加わらん。願わくは大王意を留めて詳らかに之を維え」と。孝王大いに説び、人をして馳せて以て聞せしむ。済北王坐せざるを得て、菑川に徙封せらる。
現代語訳
私がひそかに考えますに、西の山を越え、長楽宮を通り、未央宮に至って、袖を払って正論を述べられるのは、大王しかおられません。上には滅びかけた国を全うさせる功があり、下には民を安んじる名が得られます。徳は人々の骨髄にしみ、恩は限りなく及ぶでしょう。どうか大王、よくお考えください」。梁の孝王は大いに喜び、人を馳せさせて天子に伝えさせた。済北王は罪に問われず、菑川に国替えとなった。
解説
公孫玃の弁論の締めくくりは、梁王への頼み方でした。済北王を救えば、上には国を全うさせた功、下には民を安んじた名が手に入る。天子の弟である梁王にしかできない役目だと持ち上げた。第三者に仲介を頼むとき、その人にとっての利益と誇りを示すことで、動いてもらいやすくなる。梁王は喜んで天子に伝え、済北王は罪を免れました。弁護の成功は、誰に語るかの選択にもかかっていたのです。
この章句が説くこと
詭順公孫玃梁の孝王仲介説得救済
関連する章句
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