長短経 / 用無用
古人有言曰、“得鳥者、羅之一目。然張一目之羅、終不能得鳥矣。鳥之所以能逺飛者、六翮之力也、然無衆毛之助、則飛不能逺矣。”以是推之、無用之為用也大矣。故惠子謂莊子曰、“子言無用矣。”荘子曰、“知無用而始可與言用矣。夫天地非不廣且大也、人之所用、容足耳。然則削足而墊之至黄泉、人尚有用乎?”惠子曰、“無用。”荘子曰、“然則無用之為用也、亦明矣。”昔陳平智有餘而見疑、周勃質樸忠而見信。
新字:古人有言曰、“得鳥者、羅之一目。然張一目之羅、終不能得鳥矣。鳥之所以能遠飛者、六翮之力也、然無衆毛之助、則飛不能遠矣。”以是推之、無用之為用也大矣。故恵子謂荘子曰、“子言無用矣。”荘子曰、“知無用而始可与言用矣。夫天地非不広且大也、人之所用、容足耳。然則削足而墊之至黄泉、人尚有用乎?”恵子曰、“無用。”荘子曰、“然則無用之為用也、亦明矣。”昔陳平智有余而見疑、周勃質樸忠而見信。
書き下し
古人言える有りて曰く「鳥を得る者は、羅の一目なり。然れども一目の羅を張らば、終に鳥を得ること能わず。鳥の能く遠く飛ぶ所以の者は、六翮の力なり。然れども衆毛の助け無くんば、則ち飛ぶこと遠きこと能わず」と。是を以て之を推せば、無用の用為ること大なり。故に恵子、荘子に謂いて曰く「子の言は無用なり」と。荘子曰く「無用を知りて始めて与に用を言うべし。夫れ天地は広く且つ大ならざるに非ず。人の用うる所は、足を容るるのみ。然らば則ち足を削りて之を墊し黄泉に至らば、人尚お用有らんか」と。恵子曰く「無用なり」と。荘子曰く「然らば則ち無用の用為ることも、亦た明らかなり」と。昔、陳平は智余り有りて疑われ、周勃は質樸にして忠にして信ぜらる。
現代語訳
昔の人は言った。「鳥を捕まえるのは網の一つの目である。しかし目が一つだけの網を張っても、決して鳥は捕まらない。鳥が遠くまで飛べるのは、大きな六本の羽の力である。しかし多くの小さな羽毛の助けがなければ、遠くまでは飛べない」。これから推せば、役に立たないように見えるものの役割は大きい。だから恵子が荘子に「あなたの話は役に立たない」と言うと、荘子は言った。「役に立たないものを知って初めて、役に立つことを語れる。天地は広く大きくないわけではないが、人が使うのは足を置く場所だけだ。では、足を置く場所以外を黄泉まで削り取ったら、人はまだその場所を使えるだろうか」。恵子が「使えない」と言うと、荘子は言った。「それなら役に立たないものの役割も明らかだ」。昔、陳平は知恵がありすぎて疑われ、周勃は素朴で忠実だったので信頼された。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荘子・外物恵子荘子に謂いて曰く、「子の言は用無し」と。荘子曰く、「無用を知りて始めて与に用を言うべし。夫れ地は広く且つ大ならざるに非ざるなり。人の用うる所は足を容るるのみ。然らば則ち足を廁(はか)りて之を墊(ほ)り、黄泉に致さば、人尚お用有らんか」と。恵子曰く、「用無し」と。荘子曰く、「然らば則ち無用の用為(た)るや亦た明らかなり」と。
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荘子・逍遥遊恵子荘子に謂いて曰く、「吾に大樹有り。人之を樗(ちょ)と謂う。其の大本(たいほん)は擁腫(ようしょう)にして縄墨(じょうぼく)に中(あた)らず、其の小枝は巻曲(けんきょく)にして規矩(きく)に中らず。之を塗(みち)に立つるも、匠者(しょうしゃ)顧みず。今子(し)の言、大にして用無し。衆の同じく去る所なり」と。荘子曰く、「子独り狸狌(りせい)を見ずや。身を卑(ひく)くして伏し、以て敖(あそ)ぶ者を候(うかが)う。東西に跳梁(ちょうりょう)して、高下を避けず。機辟(きへき)に中(あた)り、罔罟(もうこ)に死す。今夫れ斄牛(りぎゅう)は、其の大いなること垂天の雲の若し。此れ能く大を為すも、而も鼠を執(とら)うる能わず。今子に大樹有り、其の無用を患(うれ)う。何ぞ之を無何有(むかゆう)の郷、広莫(こうばく)の野に樹(う)えて、彷徨(ほうこう)として其の側(かたわら)に無為にし、逍遥として其の下に寝臥(しんが)せざる。斤斧(きんぷ)に夭(ようせつ)せられず、物の害する者無し。用うべき所無くとも、安(いず)くにか困苦する所あらんや」と。
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『長短経』用無用夫れ仁義相懐くるに足らざれば、則ち智者は余り有るを以て疑われ、樸者は足らざるを以て信を取る。漢、処士樊英・楊厚を徴し、朝廷は神明を待つが若し。至るも、竟に他の異無し。李固・朱穆以為えらく、処士は純ら虚名を盗み、用に益無しと。然り而して後進は之を希いて以て器を成し、世主は之を礼して以て衆を得たり。〔孔子称す「逸民を挙ぐれば天下の人心を帰す」と。燕昭は郭隗を尊びて、以て劇・楽を致し、斉桓は九九の術を礼す。英俊の類を招く所以なり。〕其の無用を原ぬるに、亦た用を為す所以なり。而して惑える者は践まざるの地を忽にし、無用の功を賒り、乃ち遠術を誚譏し、国華を賤斥するに至る。亦た過ちならずや。
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荘子・秋水恵子梁に相たり。荘子往きて之に見えんとす。或るひと恵子に謂いて曰く、「荘子来たる。子に代わりて相たらんと欲す」と。是に於いて恵子恐れ、国中を捜すこと三日三夜なり。荘子往きて之に見えて曰く、「南方に鳥有り。其の名を鵷鶵(えんすう)と為す。子之を知るか。夫れ鵷鶵は南海より発して北海に飛ぶ。梧桐に非ざれば止まらず、練実(れんじつ)に非ざれば食らわず、醴泉(れいせん)に非ざれば飲まず。是に於いて鴟(ふくろう)腐鼠を得たり。鵷鶵之を過ぐ。仰ぎて之を視て曰く、『嚇(かく)』と。今子は子の梁国を以て我を嚇せんと欲するか」と。
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荘子・逍遥遊恵子(けいし)荘子に謂いて曰く、「魏王我に大瓠(たいこ)の種を貽(おく)る。我之を樹(う)えて成りて実(み)は五石(ごせき)。以て水漿(すいしょう)を盛るに、其の堅きこと自ら挙ぐる能わざるなり。之を剖(さ)きて以て瓢(ひさご)と為すに、則ち瓠落(かくらく)として容(い)るる所無し。呺然(こうぜん)として大ならざるに非ざるも、吾其の無用なるが為に之を掊(くだ)けり」と。荘子曰く、「夫子(ふうし)固(まこと)に大を用うるに拙(つたな)し。宋人に善く不亀手(ふきんしゅ)の薬を為(つく)る者有り。世世(よよ)洴澼絖(へいへきこう)を以て事と為す。客之を聞き、其の方を買わんことを請うこと百金なり。族を聚(あつ)めて謀りて曰く、『我世世洴澼絖を為すも、数金に過ぎず。今一朝にして技を鬻(ひさ)ぐこと百金なり。請う之を与えん』と。客之を得て、以て呉王に説く。越に難有り、呉王之をして将たらしむ。冬、越人と水戦して、大いに越人を敗る。地を裂きて之を封ず。能く手を亀(あかぎれ)ざらしむるは一なるも、或いは以て封ぜられ、或いは洴澼絖を免れず。則ち之を用うる所の異なればなり。今子に五石の瓠有り。何ぞ慮りて以て大樽(たいそん)と為して江湖に浮かべず、而して其の瓠落として容るる所無きを憂うるや。則ち夫子は猶お蓬(ほう)の心有るかな」と。
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荘子・山木「何をか人の益を受くる無きは難しと謂う」と。仲尼曰く、「始めて用いらるれば四達し、爵禄並び至りて窮まらず。物の利する所は、乃ち己に非ざるなり。吾が命は外に在る者有るなり。君子は盗を為さず、賢人は竊(せつ)を為さず。吾若し之を取らば、何ぞや。故に曰く、鳥は鷾鴯(いじ)より知なるは莫し。目の宜(よろ)しく処るべからざる所は、視るを給せず。其の実を落とすと雖も、之を棄てて走る。其の人を畏るるや、而も諸(これ)を人間に襲(と)る。社稷(しゃしょく)の存する焉(のみ)」と。