長短経 / 忠疑
〔議曰、夫忘家殉國、則以為不懷其親、安能愛君?衛公子開方、呉起、樂羊三人是也。若私其親、則曰、捋受命之日則忘其家、臨軍約束則忘其親、援桴鼔則忘其身。”攘且殺荘賈是也。故《傳》曰、“欲加之罪、能無辭乎!”審是非者、則事情得也。〕故有忠而見疑者、不可不察。
新字:〔議曰、夫忘家殉国、則以為不懐其親、安能愛君?衛公子開方、呉起、楽羊三人是也。若私其親、則曰、捋受命之日則忘其家、臨軍約束則忘其親、援桴鼓則忘其身。”攘且殺荘賈是也。故《伝》曰、“欲加之罪、能無辞乎!”審是非者、則事情得也。〕故有忠而見疑者、不可不察。
書き下し
〔議に曰く、夫れ家を忘れて国に殉ずれば、則ち以て其の親を懐わず、安んぞ能く君を愛せんと為す。衛の公子開方・呉起・楽羊の三人是れなり。若し其の親を私すれば、則ち曰く「将は命を受くるの日には則ち其の家を忘れ、軍に臨みて約束すれば則ち其の親を忘れ、桴鼓を援けば則ち其の身を忘る」と。穰苴の荘賈を殺すは是れなり。故に伝に曰く「之に罪を加えんと欲すれば、能く辞無からんや」と。是非を審らかにする者は、則ち事の情得らるるなり。〕故に忠にして疑わるる者有り。察せざるべからず。
現代語訳
〔論じて言う。家を忘れて国のために命を捧げれば、自分の親さえ思わない者が、どうして君主を愛せようかと言われる。衛の公子開方、呉起、楽羊の三人がそうである。もし親を大切にすれば、「将は命を受けた日には家を忘れ、軍に臨んで命令を定めれば親を忘れ、ばちを取って太鼓を打てば自分の身を忘れる」と言われる。司馬穰苴が荘賈を斬ったのがそうである。だから『左伝』に「罪を着せようと思えば、理由がないことがあろうか」とある。是非をよく見極めてこそ、事の実情がつかめるのである。〕だから、忠実でありながら疑われる者がいる。よく見極めなければならない。
解説
家族を顧みずに国に尽くせば、親も愛せない者が主君を愛するはずがないと疑われる。家族を大切にすれば、将は出陣の日に家を忘れるものだと責められる。どちらを選んでも、罪を着せようと思う人は理由を見つけ出す。趙蕤は、だから忠実なのに疑われる者がいると結びます。疑う側は、自分の疑いを正当化する理屈をいつでも作れる。人を評価する立場にある者は、その怖さを自覚しなければなりません。
この章句が説くこと
忠疑楽羊呉起司馬穰苴疑い評価
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