長短経 / 釣情
昔齊王后死、欲置后而未定、使羣臣議。薛公田嬰欲中王之意、因獻十珥而美其一、旦日、因問美珥所在、因勸立以為后、齊王大悦、遂重薛公。此情可以物釣也。申不害始合於韓王、然未知王之所欲也、恐言而未必中於王也。王問申子曰、「吾誰與而可?」對曰、「此安危之要、國家之大事也、臣請深維而苦思之。」乃微謂趙卓、韓晁曰、「子、皆國之辯士也、夫為人臣者、言何必同?盡忠而已矣。」二人各進議於王以事。申子微視王之所說以言於王、王大悅之。此情可以言釣也。
新字:昔斉王后死、欲置后而未定、使羣臣議。薛公田嬰欲中王之意、因献十珥而美其一、旦日、因問美珥所在、因勧立以為后、斉王大悦、遂重薛公。此情可以物釣也。申不害始合於韓王、然未知王之所欲也、恐言而未必中於王也。王問申子曰、「吾誰与而可?」対曰、「此安危之要、国家之大事也、臣請深維而苦思之。」乃微謂趙卓、韓晁曰、「子、皆国之弁士也、夫為人臣者、言何必同?尽忠而已矣。」二人各進議於王以事。申子微視王之所説以言於王、王大悦之。此情可以言釣也。
書き下し
昔、斉王の后死し、后を置かんと欲して未だ定まらず、群臣をして議せしむ。薛公田嬰、王の意に中らんと欲し、因りて十珥を献じて其の一を美にす。旦日、因りて美珥の在る所を問い、因りて勧めて立てて以て后と為さしむ。斉王大いに悦び、遂に薛公を重んず。此れ情は物を以て釣るべきなり。申不害始めて韓王に合うも、然れども未だ王の欲する所を知らず、言いて未だ必ずしも王に中らざらんことを恐る。王、申子に問いて曰く「吾誰と与にせば可ならん」と。対えて曰く「此れ安危の要、国家の大事なり。臣請う、深く維いて之を苦思せん」と。乃ち微かに趙卓・韓晁に謂いて曰く「子は皆国の弁士なり。夫れ人臣為る者、言何ぞ必ずしも同じからん。忠を尽くすのみ」と。二人各々進みて王に事を議す。申子微かに王の説ぶ所を視て以て王に言う。王大いに之を悦ぶ。此れ情は言を以て釣るべきなり。
現代語訳
昔、斉王の后が亡くなり、新しい后を立てようとしてまだ決まらず、群臣に議論させた。薛公田嬰は王の意に当てようとして、耳飾りを十個献上し、そのうち一つをとりわけ美しくしておいた。翌日、その美しい耳飾りを誰が着けているかを尋ね、その女性を后に立てるよう勧めた。斉王は大いに喜び、薛公を重んじた。これは、心を物で釣ることができる例である。申不害が初めて韓王に仕えたとき、まだ王が何を望んでいるかわからず、言っても王の心に当たらないのではと恐れた。王が申不害に「誰と組めばよいか」と問うと、申不害は「これは安危の要、国家の大事です。深く考えさせてください」と答えた。そしてひそかに趙卓と韓晁に言った。「あなた方は国の弁舌の士です。臣下が同じ意見である必要などありません。忠を尽くすだけです」。二人はそれぞれ王に意見を述べた。申不害はひそかに王がどちらを喜ぶかを見て、それに合わせて王に言った。王は大いに喜んだ。これは、心を言葉で釣ることができる例である。
解説
この章句が説くこと
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