長短経 / 釣情
又曰、「與之論大人、則以為間已與之論細人、則以為粥權。論其所愛、則以為借資、論其所憎、則以為甞已順事陳意、則曰怯懦而不盡、慮事廣肆、則曰草野而倨侮、此不可不知也。彼自知其計、則無以其失窮之、自勇其斷、則無以其敵怒之。」〔凡說須曠日彌久、而周澤既渥、深計而不疑、交争而不罪、乃明計利害、以致其功。直指是非、以飾其身。以此相持、此說之成也。〕
新字:又曰、「与之論大人、則以為間已与之論細人、則以為粥権。論其所愛、則以為借資、論其所憎、則以為甞已順事陳意、則曰怯懦而不尽、慮事広肆、則曰草野而倨侮、此不可不知也。彼自知其計、則無以其失窮之、自勇其断、則無以其敵怒之。」〔凡説須曠日弥久、而周沢既渥、深計而不疑、交争而不罪、乃明計利害、以致其功。直指是非、以飾其身。以此相持、此説之成也。〕
書き下し
又た曰く「之と大人を論ずれば、則ち以て己を間すと為し、之と細人を論ずれば、則ち以て権を粥ぐと為す。其の愛する所を論ずれば、則ち以て資を借ると為し、其の憎む所を論ずれば、則ち以て己を嘗むと為す。事に順いて意を陳ぶれば、則ち怯懦にして尽くさずと曰い、事を慮ること広肆なれば、則ち草野にして倨侮すと曰う。此れ知らざるべからざるなり。彼自ら其の計を知らば、則ち其の失を以て之を窮むること無かれ。自ら其の断に勇ならば、則ち其の敵を以て之を怒らすこと無かれ」と。〔凡そ説くは須らく日を曠しくし久しきを弥り、周沢既に渥く、深く計りて疑われず、交々争いて罪せられず、乃ち明らかに利害を計りて、以て其の功を致し、直ちに是非を指して、以て其の身を飾るべし。此を以て相持す。此れ説の成るなり。〕
現代語訳
また言う。「相手と重臣のことを論じれば、自分との仲を裂こうとしていると思われ、身分の低い者のことを論じれば、権力を売り物にしていると思われる。相手の愛する者のことを論じれば、それを足がかりにしようとしていると思われ、相手の憎む者のことを論じれば、自分を試していると思われる。事に従って意見を述べれば、臆病で言い尽くしていないと言われ、考えを広く述べれば、田舎者で傲慢だと言われる。これは知っておかなければならない。相手が自分の計に自信を持っているなら、その失敗で追い詰めてはならない。自分の決断に勇んでいるなら、その敵のことで怒らせてはならない」。〔およそ説くには、長い日数と時間をかけ、恩寵がすでに厚くなり、深く計っても疑われず、言い争っても罪に問われないようになってから、はっきりと利害を計って功を立て、まっすぐに是非を指摘して身を飾るべきである。こうして互いに支え合うのが、説の成就である。〕
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十二明けくれ雑談を聞給ふ故なりと馬塲美濃高坂弾正に語る也信玄公軍法之御挨拶人一馬塲美濃軍の被成様申上る一山県三郎兵衛御働きなされてよきとすゝめ申上る一内藤修理何方へ御働きと指図申上る、其様子は北条家をかすめ給ふにも、伊豆か相摸か、はちかたか、関東にては新出·足利か、家康にては遠州か三河か信長東美濃か、扨は越後かと様子を積りて内藤申上る一高坂弾正者二ツなく敵国へふかく働き或は御一戦必ず御延引と計り申上、能く隠密するにより働きまへにしれず、但し侍大将衆は存候なり一文のいる事には小山田弥三郎をめして、七書·五経の古語をいはせて聞給ふ一何国先方衆にも疑ひ有るなしの御用心の事は土屋右衛門尉·三枝勘解由左衛門·真田喜兵衛·曽根内匠申上るに少しも私しなし一陣取、或は他国にて陣塲をみたつる事原隼人佐次第に被成候也一他国より御客来の挨拶、又は状文の取引は跡部大炊介·長坂長閑是の両人なり、
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『呻吟語』外篇・治道・進言に四難有り言を進むるに四難有り。「人を審らかにし、己を審らかにし、事を審らかにし、時を審らかにす」。一つも未だ審らかならざる有らば、事必ず濟らず。
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『韓非子』初見秦第一大王誠に其の説を聴きて、一挙にして天下の従破れず、趙挙がらず、韓亡びず、荆・魏臣とせず、斉・燕親しまず、霸王の名成らず、四隣の諸侯朝せずんば、大王臣を斬りて以て国に徇え、以て王の為に謀りて忠ならざる者の戒めと為せ。
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廟堂忠告・獻納第九人臣の言を君に納るるや、事いまだ然らざるに之を言えば、則ち十に八九從う。事無ければ則ち游畋般樂(ゆうでんはんらく)し、日に相親比す。一旦不可なる所有れば、乃ち左に遮り右に挽き、其の力を極めて以て之を救うも、殆ど其の濟る者を見ず。政(たと)い或いは允すも、亦必ず勉強に出でて其の本心に非ず。若し夫れ納言に善き者は則ち然らず、或いは進見に因り、或いは講讀に因り、或いは燕居に因り、事に先だちて陳說す、「是くの如くなれば則ち國安し、是くの如くなれば則ち國危うし、是くの如くなれば則ち聖君と為り、是くの如くなれば則ち暴主と為る」と。或いは古昔を引き、或いは祖宗を援き、必ず之をして心悟神會せしめ、表裏聳然として、乃ち善を陳べて扞格(かんかく)の患い無かるべし。昔孟子三たび齊王に見えて事を言わず、曰く、「我先ず其の邪心を攻めん」と。大臣の君に事うる、職當に此くの如くなるべし。古人甚だしきに至りては自ら言うに難き者有り、往往にして名の耆年宿德(きねんしゅくとく)なる者を旁(かたわら)にして、諸(これ)を左右に置き、人君をして畏憚する所有りて敢えて恣(ほしいまま)にせざらしむ、則ち其の慮を為すこと亦深遠なり。然りと雖も、臣の君に於けるや、入りては則ち懇懇として以て忠を盡し、出でては則ち謙謙として以て自ら悔ゆ。凡そ上に白す所の者、外に洩らして諸人に伐(ほこ)るべからず。善は則ち君に歸し、過ちは則ち巳に歸す。其れ是くの如き者は、嫌を遠ざけ禍を避けんと欲するに非ず、大臣の體(たい)の當に然るべき所なり。坤の六二、章を含みて貞にすべし、盖し亦此の意なり。甞て見る、近代の執政、建白する所有りて呶呶(どうどう)焉として惟だ人の知らざるを恐れ、卒に讒譖(ざんせん)の之に乘ずるに至り、中途にして棄てらる。易の大係に謂う所の「君密ならざれば則ち臣を失い、臣密ならざれば則ち身を失う」とは、諒(まこと)なるかな。
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『韓非子』難一第三十六臣大逆を行うに、平公喜びて之を聴く。是れ君の道を失うなり。
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『長短経』釣情荀悦曰く「夫れ臣下の言い難き所以の者は、何ぞや。言は身より出でて、咎悔之に及ぶ」と。故に曰く、過ちを挙げ非を掲ぐれば、則ち干忤の咎有り。勧励教誨すれば、則ち上を侠むの議有り。言いて当たれば、則ち其の己に勝つを恥ず。言いて当たらざれば、則ち其の愚を賤しむ。己に先んじて同じくすれば、則ち其の己の明を奪うを悪む。己に後れて同じくすれば、則ち以て従順と為す。下に違いて上に従えば、則ち以て諂諛と為す。上に違いて下に従えば、則ち以て雷同と為す。衆と共に言えば、則ち以て順負と為し、衆に違いて独り言えば、則ち以て美を専らにすと為す。言いて浅露なれば、則ち簡にして之を薄んじ、深妙弘遠なれば、則ち知らずして之を非る。特見独智なれば、則ち衆其の之を蓋うを悪み、是なりと雖も称せられず。衆と智を同じくすれば、則ち以て附随と為し、之を得と雖も以て功と為さず。謙譲して争わざれば、則ち以て窮め易しと為し、言いて尽くさざれば、則ち以て隠を懐くと為す。進説して情を竭くせば、則ち以て量を知らずと為す。言いて効あらざれば、則ち其の怨責を受け、言いて事効あれば、則ち以て固より当たると為す。上に利あり下に利あらず、或いは左に便にして則ち右に便ならず、或いは前に合いて後に忤う。此れ下情の常に通ぜざる所以なり。仲尼発憤して「予言うこと無からんと欲す」と称する者は、蓋し語の難きが為なり。