長短経 / 時宜
又髙祖刼五諸侯兵、入彭城。項羽聞之、乃引兵去齊、與漢大戰睢水上、大破漢軍、多殺士卒、睢水為之不流。此異情者也。〔荀恱曰、「伐趙之役、韓信軍泜水、而趙不能敗。何也?彭城之難、漢王戰于睢水之上、士卒赴入睢水而楚兵大勝、何也?趙兵出國能見可而進、知難而退、深懐内顧之心、不為必死之計、韓信孤軍立于水丄有必死之計、無生慮也、此信之所以勝也。漢王制敵入國、飲酒髙㑹、士衆逸豫、戰心不同。楚以强大之威、而喪其國都、項羽自外而入、士卒皆有憤激之心救敗赴亡、以决一旦之命。此漢所以敗也。且韓信選精兵以守、而趙以内顧之士攻之、項羽選精兵以攻漢、而漢王以懈怠之卒應之。此事同情異者也。」故曰、權不可預設、變不可先圖。與時遷移、應物變化、計䇿之機也。〕
新字:又高祖劫五諸侯兵、入彭城。項羽聞之、乃引兵去斉、与漢大戦睢水上、大破漢軍、多殺士卒、睢水為之不流。此異情者也。〔荀恱曰、「伐趙之役、韓信軍泜水、而趙不能敗。何也?彭城之難、漢王戦于睢水之上、士卒赴入睢水而楚兵大勝、何也?趙兵出国能見可而進、知難而退、深懐内顧之心、不為必死之計、韓信孤軍立于水丄有必死之計、無生慮也、此信之所以勝也。漢王制敵入国、飲酒高会、士衆逸予、戦心不同。楚以強大之威、而喪其国都、項羽自外而入、士卒皆有憤激之心救敗赴亡、以決一旦之命。此漢所以敗也。且韓信選精兵以守、而趙以内顧之士攻之、項羽選精兵以攻漢、而漢王以懈怠之卒応之。此事同情異者也。」故曰、権不可預設、変不可先図。与時遷移、応物変化、計策之機也。〕
書き下し
又た高祖、五諸侯の兵を劫かして、彭城に入る。項羽之を聞き、乃ち兵を引きて斉を去り、漢と睢水の上に大いに戦い、大いに漢軍を破り、多く士卒を殺す。睢水為に流れず。此れ情を異にする者なり。〔荀悦曰く「趙を伐つの役、韓信は泜水に軍して、趙は敗ること能わず。何ぞや。彭城の難、漢王は睢水の上に戦い、士卒は睢水に赴き入りて楚兵大いに勝つ。何ぞや。趙兵は国を出でて能く可を見て進み、難を知りて退き、深く内顧の心を懐き、必死の計を為さず。韓信は孤軍にて水上に立ち、必死の計有りて、生の慮り無し。此れ信の勝つ所以なり。漢王は敵を制して国に入り、飲酒高会し、士衆は逸豫し、戦心同じからず。楚は強大の威を以て、其の国都を喪い、項羽は外より入り、士卒皆憤激の心有り、敗を救い亡に赴き、以て一旦の命を決す。此れ漢の敗るる所以なり。且つ韓信は精兵を選びて以て守り、而して趙は内顧の士を以て之を攻む。項羽は精兵を選びて以て漢を攻め、而して漢王は懈怠の卒を以て之に応ず。此れ事同じくして情異なる者なり」と。故に曰く、権は預め設くべからず、変は先に図るべからず。時と与に遷移し、物に応じて変化するは、計策の機なり。〕
現代語訳
また高祖劉邦は五つの諸侯の兵を率いて彭城に入った。項羽はこれを聞くと、兵を率いて斉を去り、睢水のほとりで漢と大いに戦い、漢軍を大いに破り、多くの兵を殺した。睢水はそのために流れなくなった。これが、情が異なるということである。〔荀悦は言う。「趙を伐った戦いで、韓信は泜水に陣を置いたが、趙は破れなかった。なぜか。彭城の難では、漢王は睢水のほとりで戦い、兵は睢水に飛び込み、楚の兵が大勝した。なぜか。趙の兵は国を出ても有利と見れば進み、難しいと知れば退き、家を顧みる心が深く、必死の覚悟がなかった。韓信は孤立した軍で川のほとりに立ち、必死の覚悟があって、生きる考えがなかった。これが韓信の勝った理由である。漢王は敵を制して敵国に入り、酒を飲んで盛大に宴を開き、兵はのんびりして戦う心がそろっていなかった。楚は強大な威を持ちながら国都を失い、項羽は外から入ってきて、兵は皆憤激し、敗北を救い滅亡に立ち向かって、一時に命を決した。これが漢の敗れた理由である。しかも韓信は精兵を選んで守り、趙は家を顧みる兵で攻めた。項羽は精兵を選んで漢を攻め、漢王は怠けた兵で応じた。これが、事柄は同じでも情が異なるということである」。だから、権道はあらかじめ設けることができず、変化は前もって図ることができない。時とともに移り、物事に応じて変化するのが、計策の要である。〕
解説

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